2023.May
cast:リオ
ナイオンを南北に両断する河を、丘の上から見下ろす陰がひとつ。
遥かに横たわる地平の縁は夜明けの色に移ろい、明星が今宵いまわの別れとばかりに瞬いている。
願いを乗せた数多の灯篭はとうに外海に運ばれ、地上に降りた銀河は今や藍黒の帯の様な姿に戻っている。
かまびすしく騒めいていたエーテルも鎮まり、呼び起こされた者は再び眠りに、或いは帰路に着くのだろう。
聞こえるのは、風にさざめく草葉の音。
腰に長刀を提げた人陰は、ついぞ流すに至らなかった月白色の灯篭に目を落とした。
「……こんな物を持って何をしに来たのでしょうね、私は」
遥か千年より以前に獄門へ縛り付けられ、使い潰され、一矢の報いすら捧げる事も敵わなかった魂へ宛てた物だ。
遥よりも尚遠く。理すら隔てられた彼方の地で、こんな小さな灯一つ流したとて手向けにすらなるものか。
小さく溜息を吐き出すと、抱えた灯篭を地に落とす。そして躊躇い無く、漆黒の義脚で荒く踏み砕いた。
「たかが私の稚拙な願い一つで呼び起こされても迷惑でしょう。……どうか、そのまま。
私の成れ果てなど知らずに眠っていて下さい」
例えば、自分がこの地に引き揚げられた時の様に。例え幻でも顕現し、自らの行いを叱って欲しいだなどと。
「いけません、いけませんね。
子供の甘ったれが伝染るなど、どうかしている。
あぁ格好悪い」
さぁ、また陽が昇る。
光に追われる様に帰らねば。
石を投げられぬよう人の皮を被り、息を潜めて薄ら寒い安穏を逃がさぬよう大事に抱いて暮らす。
死に損ないの悪鬼の身、それが似合いの我が姿だ。
「……存外、それで心底この暮らしを楽しんでしまっているのだから、我ながら良い性格している」
吐き捨てる様に嗤い、誰へともなく呟いた。
そう、届ける必要など無い。誰に証明されるでもなく、誰へ証明するでもなく、ただ確かな想いがあるならそれで良い。
「優しいあなた、心配は要りません。リオは楽しくやっています」
踵を返し様に長刀を虚空に振るえば、剣閃を描く軌跡の先に姿は消えた。
夜帳が払われた鎮魂の地は、眠れる者も目覚める者もすべからく。陽の黄金に染まるだろう。
