希紡

2022.DEC

cast:ゼクティス、リオ

宵から夜へ、月が霞む空からははらはらと雪が舞い落ちていた。
煌びやかな装飾が施されたツリーが聳える広場を遊歩道が囲んでいる。そこでは冬祭りの客向けにショップワゴンが多く展開していたが、その中の一つ。黒い長帽子を被った青年のワゴンの中に在庫は殆ど残っていなかった。

「今年も良い具合に売り捌けたし、そろそろ片付けるかぁ…」

彼にとって今や毎年恒例となったXmasのアルバイト。
ゼクティスは接客に大いに貢献してくれた相棒──トナカイ(?)の、やたら丸い顔を捏ね撫でて暇を出した。
飼い慣らされているにしろ、トナカイにしては妙に聞き分けの良い獣は嬉々として子供達の集う広場へと向かって行った。
あのトナカイ、どうやら人好きな以上に子供好きでもあるらしい。広場からは直ぐに子供達の歓迎の歓声が上がっていた。

「───ん」

幟を畳み、ショップワゴンを片付け始めた所で此方に注がれる視線に気付いた。

「……見せもんじゃねぇぞ」

青年の視線の先に佇んで居たのは、半面を布で隠した片違いの脚の女──かつての師だ。
リオは腕を組み、この空色とよく似た冷ややかさで不躾に視線を注いでいる。

「もう少し早く気付かないものですかね。
此方の暮らしは思っていた以上に平和呆けを進めるらしい」

彼女の口振りからして、恐らく数分前から様子を窺っていたらしい。
対してゼクティスは『殺気でも立てられなきゃ街中で気付くもんかよ』とお決まりの悪態を吐いて片付けを再開する。
それに、師に気付かなかったのはそれだけでは無い。

「あんたも随分丸くなったろ。やたら人混みの中に混ざって、馴染んでやがるじゃねぇか」

「処世の一貫ですよ。魔物の気配を撒き散らして歩く程、はしたない作法は身に付けていません」

涼やかに返しはしたものの、図星もあるのだろう。藍の隻眼は僅かに視点を逸らした。

「で?何の用だ?
わざわざ俺の前まで足を運んで嫌味を言いに来る趣味してるのは知ってるけどよ」

成人しようか弄れた物言いは相変わらず。
リオは可笑しく唇の端を持ち上げ、笑みを零した。

「偶々ですよ。
仮にもこの地でいち冒険者として身を立てているのですから、それなりに風習は学んでおくべきものでしょう。半魔とは言え、山奥で仙人の様に暮らせる程に人離れしている訳でもありませんし。
これで一応、人に迎合する努力はしているのですよ」

超然と、嘯く様な口振りであるが、事実そうなのだろう。
本来人嫌いの彼女である。ゼクティスからすれば人里に降りて来た羆を見ている気分だが、人に向ける眼差しに敵意や嫌悪や害意は微塵も感じられない。
そして再び此方に向けられた視線にゼクティスは意図を察し、表情を苦めた。伊達に師弟ではない。

「……あー、つまり……コレが具体的にどんなイベントなのか俺に説明しろって?
お気軽便利な旅行ガイドじゃねぇんだぞ俺は」

リオは是と答える代わりに『そんな格好をしておいて何を』と此方を指差し嘲笑った。
この侭つまらない戯言の応酬で遊び転がされるのも癪だ。先程トナカイが駆けて行った広場のツリーを指し、オーナメントを飾るのだと、簡潔に伝えた。
リオは、指さす先をじっと見詰め『成程』と一つ頷いて納得した様だ。

「願い事ねぇ……、今迄散々払い除けられて来た身には眉唾物です。
──ま、この祭りの概要さえ押さえておけば差し支えないでしょう」

元より冬祭り自体に興味など無かったのだろう。広場へ向いていたリオの爪先は、反対方向に変わってしまった。

「……………」

リオが祭りの意義をあえなく一蹴する一方で、ゼクティスは信憑性を嗤う事が出来なかった。
今生一切交わる事は無かったであろう彼女が、今目の前に立っている事に運命の指向性の様なものを感じずには居られなかったのだ。

独りで破滅を願い、勝手に消えていった師に文句を言ってやりたいと巫山戯た願いを括ったのは正にこの冬祭りだったのだから。
喉を閊えさせ、惑いながらも小さく言葉を零した。

「……いや、案外ここの祈りはよく届くらしい」

「……ほう?」

どういう意味か。
弟子と言えど真意は解りかねたが、問いを詰める事は無かった。
あらゆる奇跡と混沌が具現化するのがこの異境の地なのだ。流転して一年経たないとは言え、その奇怪な神秘性は理解していた。

「しかしね、祈る先も遠く散り、全ての願いも希望も叩き潰され、それでも尚抗おうと振るった刃は砕かれた。
私が願いを持つ事は、自らに毒を打ち込むのと同義だ」

誰にも宛てずに呟いたが『いや』と直ぐに打ち消した。

「心底からそれを願い、絶やさなかった者にのみ望みはもたらされる。
──貴方と私の間を分けた結果の差は、そこだったのでしょう」

青年をを見据え、微笑みさえ浮かぶ様な声音で呟いた。かと思えばあっさりと、とうとう踵を返して広場の前を後にする。

「折角街まで来ましたし、少しくらい良い食事をして帰りますかね。
ゼクティス、今度街の外で会ったら反射神経のテストですよ」

一方的に話を切り上げ、祭りで賑わう雑踏に刀を提げた後ろ姿が消えるのは一瞬だった。
追う気など毛頭無かったが、ほんの数秒前までその場に在った気配すらも完全に失われてしまっていた。

自分のペースでしか行動しないのはあの人の基本だ。やれやれ、と溜息を吐き出して漸く片付けを終えた]

「……そりゃあ、平和ボケもするだろうよ」

彼女が自分にあの様な顔で、あの様な言葉を寄越してくるなどと、何も知らずにただ世話になっていた少年期ですら有り得ない事だった。
流転して来た彼女には散々に振り回されはしたが、今のところ自分の願いの指向性は善の結果を成していると評して良いのではないだろうか。
であるならば、

「……いちおう今年も一個、ぶら下げとくかな」

呟いて、青年もまたトナカイ(?)が居るであろう広場の方へと歩いて行った。