密室!胸キュン♡デスマッチ

2025.Apr

cast:ゼクト、レヴィア

確かに昨晩は自室に戻り、自身のベッドで眠りに就いたはず。だと言うのに次に目が覚めた時には全く見覚えの無い部屋の中。何とも可愛らしいピンク色で彩られてはいるが、窓も扉も存在せず内部から外の様子を窺い知ることは出来ない。
果たしていつの間に身支度を整えたのか、服はいつもの黒装束。大剣もしっかりと背負っている。
普通ならば突然の異常事態に混乱して然るべきであるが、ゼクティスは直感的に『理解』していた。
彼は反射反応も同然に奥歯を噛み締め、忌々しく怒声を上げた。

「チクショウ!今までこう言うコッテコテな誰得空間は何か上手いこと回避して来たってのに!
つか、何で俺だよマジで誰が喜ぶんだよ!!」

──説明しよう!
此処はいつもの世界とは隔絶され、閉ざされた空間。創造主によって絶対不可侵のルールが定められ、定められた目標が達成されない限り永遠に脱出する事など叶わない。
そのルールとは──一体一で『愛してる』と告白し合い、照れた方が負け。罰ゲームを受ける、と言うもの。
削る鎬は命ではなく羞恥心。人によっては命よりも痛みを伴なうものであろう。かく言うゼクティスこそその一人。
胸キュン♡色恋シチュエーションになど無縁な青年の声は、悲痛な色さえ帯びていた。
可愛らしくピンクい壁を拳で殴りつけ、力無く膝をつく。

「クソッ⋯⋯いっそ開き直ってやってやるしか無ぇってのか⋯⋯知り合いでも居りゃ助かるが⋯⋯」

例え冗談でも『愛してる』だなどと、言われる相手が哀れではないか。
ゼクティスはちら、と控えめに後ろを振り返る。その視界の先で待ち合わせていたかの様に金髪の少女──レヴィアの姿が目に留まった。

「ひぇ〜何だか良く分かりませんがスッゴいピンクな部屋に閉じ込められちゃいましたね⋯⋯って、あれ?」

危害を加えられる事は無さそうだが、いつまでも閉じ込められているのは困る。先ずは状況の把握をせねばと周囲を見回したところで、レヴィアもまた見覚えのある背中が目に留まる。

「ゼクトッ!ゼクトも捕まってたんですか!」

困惑に包まれる周囲の空気を横切ってゼクティスの元へと駆け寄る。壁を殴っているあたり、無理な脱出は出来ないのだろうか。

「──あ?
何だ、お前も放り込まれてたのかよ」

駆け寄ってきたレヴィアの姿を認め、地に付けていた膝を持ち上げて立ち上がる。

「出口、やっぱり無いんですか?ゼクトの蒼洸でも壁を壊したりは出来ませんか」

どうやらレヴィアは未だこの部屋のルールを未だ把握してないらしい。ゼクティスは自身が把握している範囲でのこの部屋の概要を説明してやった。

「──って事で、多分壊そうとすりゃ脱出も出来ずにペナルティが課される。ソレだけなら未だ良い方かも知れねぇ。安全に脱出したいんなら大人しくこの部屋のルールに従うしか無ぇってこった。
つっても別にペナルティ云々は明言されちゃいないが⋯⋯多分そう。俺は詳しい」

「何と!」

むしろ軟禁部屋ルールとしては穏やかな方、とゼクティスは何処で得たかの知識と比較して頷く。
青年の口から語られる説明を聞きながら真面目に頷いていた少女であるが、ゲームルールを知るやいなやうっすらと頬を染めていた。

「お、お互い告白し合うだなんて⋯⋯!恋人相手なら当分穴に引きこもりたくなっちゃう恥ずかしさ⋯⋯。
でもこれが穏やかな方って⋯⋯ゼクト。他の過激な例とかも知ってるんですか?
そもそもどこ知識なんです?」

羞恥心を煽る軟禁部屋など他に聞いた事が無い。レヴィアは青年の情報元を訊ねたが、返って来たのは瞳孔の開いた真顔だった。

「アッ言わなくていいです」

どうやら、ロクな情報源では無いらしい。

「とにかくお互いを照れさせて、罰ゲームまでこなせば良い訳ですか」

ゼクティスは軽く腕を組み『そう言うこった』と溜息混じりに頷く。レヴィアが相手なら丁度良いかも知れないと思っていたが、ふと根本的な問題点が脳裏に浮上した。

「いや待てよ⋯⋯身内相手なら未だダメージコントロールも利くと思ったが⋯⋯そもそも俺ら二人でコレやって照れる可能性あるか?」

何だかんだ付き合いも長い間柄であるし、例え全力で歯の浮く台詞を交わそうが全く心トキメく予感がしない。

「エッ!?いっいやでも、やってみなければ判りませんよ!」

お互いへの感情は家族的な親愛。けして嫌悪では無いのだし、ワンチャンお互いを照れさす事も可能なのでは。
何よりちょっと面白そうではないかと、レヴィアとしては内心乗り気であったのだが。

「と言うか、その⋯⋯俺がお前にトキメくのは何か駄目な気がする。勝負云々とかじゃなく」

客観的に少女と並んだ自分自身を省みて見出すのは、そこはかとない犯罪臭であった。しかしその気遣いがレヴィアの心に火を点けた。

「んなッ──!ゼクト、もしかして私の事まだ子供だと思ってます!?恋に恋するアオハル女子だと思ってます!?」

着火したのは、もうじき幕を開ける新世代の自分─オトナ女子としてのプライドであった。この期に及んで子供扱いされ、ナメられたとあっては大人の階段も揚々と登れぬと言うもの。
対して突然の激昂にゼクティスは狼狽える。

「はぁ?何言ってやがる、別にガキ扱いなんぞしちゃいねぇだろ!何で急にキレてんだ面倒臭ぇな!」

確かにレヴィアはもう立派に一人立ちしていると言って過言は無いが、手を離れても元保護者としての目線は容易く変わりはしないもの。骨の髄まで染み付いたお母さん(ではない)精神である。
だが、それこそ一人立ちの娘にとっては許せぬ事か。

「別に恋愛対象じゃねぇってだけで──ああくそ、参ったな」

「関係ありません!こうなったら本気でトキメかせてやりますよ!この私の愛で一発ギャフンと言わせてあげます!」

食ってかかって来るレヴィアをどうどうと宥めるも、実際この少女相手にトキメキを見出す事は難しいのだ。どうしたものかと途方に暮れかけた時、ゼクティスは己のとある持ち物を思い出した。

「ちょっと待て。そういや確か、誂え向きのモンがあった。
どんだけ効くかは知らねぇが⋯⋯バフ掛けりゃあ多少フラットな状態でお互いトキメけるだろ」

懐を探ってゼクティス取り出したのは、小さな小瓶であった。
この男の心臓をキュンさせてやらねば気が済まぬとレヴィアは闘争心に点いた炎を滾らせていたが、目の前に取り出されたる小瓶、そのラベルを訝しく覗き込む。

「バフ⋯⋯ですか?まぁ、見た目でジャッジし易い方が良いかもですけど⋯⋯それは?何かのお薬で──まさか!」

ラベルに描かれた♡でレヴィアは勘付いた。所謂、惚れ薬であると。

「ど、どうしてそんなものを⋯⋯不埒ですゼクト!」

「何が不埒だ、ただの景品だよ。
こんな怪しげなもん、自分で飲む訳にも誰かに飲ませる訳にもいかねぇし⋯⋯使い所に困って持て余してたんだ」

適当に廃棄するのにも何となくリスクがありそうな代物であるし、今こそ利用の好機ではないか。
瓶の蓋を抜けば飲み口から独特な臭気が立ち上る。『ウッ、臭っ』とゼクティスは顔を顰める。若干躊躇うも、一息に半分まで減らした。

「──ッグエェンだコレ!エグ味キッッッツ!
⋯⋯ホラ、お前も飲めよ。お互いフェアにキュンできなきゃ、勝負にならねぇだろ」

半分だけでも受け付け難い味をしている。ゼクティスは胸を叩いて無理矢理飲み下し、中身が半分になった瓶をレヴィアへと押し付ける。
当然ながら少女は嫌々と激しく首を横に振っている。

「嫌ですよその感想で素直に飲む人間が何処に居るんですか!ゼクトだけ飲めば良いでしょう?私はゼクトほど情緒は枯れ切ってませんし──
オアーーーッ!!すみません止めてくだっンナァアアア」

情緒の喪失を揶揄された青年に人の心など有りはせず。ゼクティスは無言でレヴィアへ手を伸ばし、首に腕を回してひっ捕まえる。非力な少女が青年の腕から逃れる術など無く、ゼクティスはレヴィアの鼻を摘んで情け容赦無く恋薬を喉奥へ流し込んだ。
これが胸キュン♡トキメキゲームの下準備と誰が想像出来ようか。
薬が飲み下されるとようやく腕から解放され、激しく咳き込む。しかし一滴たりとも戻って来はしなかった。

「──んハァッ!!ぐえぇ〜にがくてドロッとしていて⋯⋯造影剤の味⋯⋯。
それなのに心做しかゼクトの作画が良さげに見えるのがくやしい⋯⋯」

余程酷い味だったのか、口元を押さえて涙を浮かべている。胡散臭い恋薬だがどうやら一定の効果はある様だ。

「あァ、俺にも若干お前の姿が盛られて輝いて見える。血圧と体温の上昇も感じるし⋯⋯ヨシ、コレならイケそうだ⋯⋯!」

ゼクティスは確信を以て拳を握り締めた。
メインゲーム始めるまでに随分手間が掛かってしまったが、今や世界は祝福を受けたかの如く恋色に輝いている。
薬で感覚がバグっている今の自分達ならこの恋愛監獄を脱する事など容易く思える。

「これでキュン出来なかったらほんっとに怒りますからね⋯⋯」

「文句なら此処に閉じ込めた奴に言えよ。さっさと始めんぞ」

ゼクティスは改めて少女へ向き直ると、深呼吸を一つ。キリリと表情筋を正して咳払いも一つ、声色を整える。

「あー⋯⋯お前のその、やたら無駄に一所懸命で自滅するほど頑張るところ。愛してる」

「⋯⋯はい?」

レヴィアは耳を疑った。己の認識を疑った。常識を疑った。これはお互いを照れさせるゲームではなかったのか?
少女の精神を構成する全ての記憶と経験が、青年の台詞を不適切と判断していた。

「⋯⋯照れさせようって相手に悪意を向けるって、どんな根性の捻じ曲がり方してるんです?」

特に『やたら無駄に』の部分が悪意の純度を高めている。怒りは無く、いっそ冷静に訊いた。
だが、ゼクティスは微塵も悪びれる様子も無く『常日頃お前を見て来た上での事実だけど』などと宣うのだ。

次の瞬間には、青年の脳天から洸晰の刃が生え出していた事だろう。ついでに赤い噴水なんかも出ていたやも。

「ぬあーもう⋯⋯!
──でも、そうやって何だかんだ言いつつ私の事を思ってくれてるところは⋯⋯あ、愛してます。

頬を引き攣らせながらもレヴィアは半ば意地とヤケクソで『愛してる』の台詞へと繋いでいった。
瞬間、青年の左胸を鋭い衝撃が突き抜ける。

「──ッグゥ!?」

「エッ、なにごと!?」

まるで雷に打たれたかの様な感覚。耐性の無い衝撃にゼクティスは無意識の内に膝を崩し、たたらを踏んでいた。

「何だこの、感覚は⋯⋯!!こんなのは知らねぇ⋯⋯まさかこれが、他者からの愛ってヤツなのか⋯⋯!?」

これまで真っ当な愛を向けられた経験など無いゼクティスにとって、その言葉は劇物も同然であったのだ。心臓を押さえ息を荒げるが、膝を折るには未だ早い。

「ゼクト⋯⋯!?そ、そんなに人からの愛に飢えてたなんて⋯⋯」

バフが掛かっているとは言え、ヤケクソ台詞の愛にすら足元を崩すとは。込み上げた哀れみは、レヴィアの目元に光るものを見せていた。
付き合いの長さもあり、確かに最近扱いが雑だったかも知れない。もう少し優しくしてやるべきかとレヴィアは密かに考えを改めていた。

「確かに慣れねぇ台詞にちょっと狼狽えはしたが⋯⋯人をお寂しい奴みたいに言うんじゃねぇよ!」

図星を突かれた愛無き亡者は声を荒げる。

「クソッ、未だやれる!この程度でお前なんぞに負けてられるか!俺の方が愛してんだからな!」

愛を知らぬとはいえゼクティスにも意地がある。台詞とは裏腹にやたら強硬な喧嘩腰であった。

「駄目ですゼクト!愛とは力任せに叩き付けるものはありません!柔らかく包み込むものです!
もっとこう⋯⋯慈しみの心で伝えるんです!愛してますと!」

頑なで危うげな様子のゼクティスであったが、一歩先ゆく愛の伝道師たる少女の助言には意外な事に素直に耳を傾けていた。
台詞一つで人の心を動かすことの難しさたるや、ゼクティスも理解したのだ。そして更にその先の理解を求め始めた彼のこめかみはには汗の粒が浮いている。

「や、柔らかく、包み込む様に⋯柔らかく包み込む⋯⋯?
つまり──想像してくれ。お前はフローリングで、俺は毛布。冷蔵庫だろうが洗濯機だろうが搬入の傷なんぞ付けさせやしねぇ。それが俺の、愛だ」

ゼクティスが求めた理解は、明後日の方向へと吹っ飛んだ。まるで制御の利かぬパンジャンドラム。恐らく自分でも何を言っているのか解っていない。

「待って待って待ってください言ってる事が滅茶苦茶過ぎて逆に照れると言いますか!聞いてるこっちが恥ずかしいんですけど!!」

何故わざわざ物で例えてしまったのか。例えるとしてももう少し上手い例えが無かったのだろうか。
痛々しい台詞をまともに聞いてなどいられずに少女は顔を覆った。

「さ、三回照れた方が負けルールですけど⋯⋯これ以上聞いていられないッ⋯⋯!もう、楽にしてあげないと⋯⋯。
これで勝負を付けさせて貰います!」

このままでは理性が崩落してしまう。正気を失う前に決めなければ。少女は決意の面持ちでありったけの感謝と真心をその一言に詰め込んだ。

「おかあさ⋯⋯ゼクト!私はあなたを愛しています!」

日頃の感謝と真心を詰めた結果、口を滑らせた。

「今、お母さんって言いかけたろ!
誰がお母さんだ!!」

最後まで今一つ決まらなかったが、交わされた情熱はきっと、いや紛れも無く本物である。
精魂燃やしたこの疲労感こそその証、ゼクティスは膝に手を付いて肩で息を整えていた。

「あーーーつっかれた⋯⋯で?コレ、結局どっちが勝ったんだ?」

【累積照れポイント】
ゼクト:161●
レヴィア:131〇

どうやら判定の結果、ゼクティスの方がより多く照れていたらしい。頭上から降って来た罰ゲームクジの入った箱が青年の頭を直撃した。

「ッ痛ェ!俺かよ!!
ったく、何と無くそんな感じはしたけどよ……ほれ」

ゼクティスは角の凹んだクジ箱を拾い上げ、軽く振り混ぜるとレヴィアへ口を向けて差し出した。

「あはは⋯⋯お疲れ様でした。
でも、これでやっと脱出出来ますね」

勝負を制した喜びよりも、健闘を讃える労いの言葉が出ていた。レヴィアは袖を持ち上げながら箱へ手を突っ込み、二つに折り畳まれた紙片をひとつ取り出す。

「ええと罰ゲームは⋯⋯『欲しいものを買って貰う』ですって。ふふ、変な罰ゲームじゃなくて良かったですね」

もしかすると更に過激な罰ゲームを強いられるのではと慄いていたが、この程度なら心穏やかに終われそうだ。
ようやく訪れた安堵に緊張の糸は解かれ、二人はほっと胸を撫で下ろした。

「あぁ、全くだ。
これ以上阿呆らしい茶番をやらされるなんざ真っ平御免だぜ」

話す内、二人の前に脱出扉が現れるだろうか。
これ以上の長居は無用、扉が消えぬ内にとゼクティスはレヴィアの腕を捕まえてノブへと手を掛ける。

「──で?何が欲しいんだ、お前」

「あれ、ほんとに買ってくれるんですか?」

「そこまで甲斐性無しじゃねぇよ。それにお前、確か誕生日も近かったろ」

「えへへ、覚えてましたか」

レヴィアは大人しく腕を引かれながら『新しいお鍋セットですかねぇ』なんて呑気に答える。
ゼクティスも『りょーかい』といつもの調子で緩い応えを返しながら、二人揃って不思議な部屋を後にした事だろう。