甘味の森にて

2025.Mar

cast:レヴィア、カルミラ

 

「この秘境⋯⋯一体何がどうなって⋯⋯」

ダイレクト加工食品採集スポットと言えば義兄から聞いた島の話を思い出すが、この森はそれ以上に食欲を誘う香りと生命力で満ち満ちていた。

生命活動をするにあたり、光使いと言う生物は通常人よりも脳に掛かる負荷が大きい。故に光使いたるレヴィアは常に優先的に糖分を欲しがちであり、味覚の好みも甘党に寄っている。
だが、その甘党の価値観を以てしても眼前に広がるお菓子の森の光景は異様なものとして映っていた。あちこちの地面からはマシュマロが生え出し川にはシロップが流れ、おまけに生きた鯛焼きが泳いでいる始末。
夢の中にでも居るのかと両手で頬を張ってみたが、鋭く返ってきた痛覚は紛うことなき現実である事を証明していた。
恐らくは引き返すのが最も正しい判断なのだろう。しかし抑え切れぬ好奇心は無視出来ず、引き込まれる様に森の奥へと誘われる。結局興味半分、恐れも半分に足を踏み入れて探索する結論へと至っていた。

森を構成する木々は各々何かしらの甘味を果実として携え、何なら青い空にも菓子が浮かんでいる。時折落ちて来たりするのだろうか。絵本の中の様な景色を歩いていると、二mはあろうか。突如として背後から巨大な影が現れた。

「ひっ⋯⋯これは!餡ギッシリ鯛焼きッ!!」

かつて鯛焼きに襲われる人間の例があっただろうか。みすみす潰されて人類初の鯛焼き死亡事故第一号として名を遺す訳にはいかぬと防衛本能が働く。レヴィアは反射的に光の刃を創り出し、恐らく鯛焼きのエラと思しき部位目掛けて放つ。
的が大きいだけに光刃は容易く鯛焼きの急所を捉えた。

一撃の元でシメられた鯛焼きはそのまま地面へと落下。しばらく跳ね回っていたものの、じきに息絶えて動かなくなった。
じりじりと鯛焼きの亡骸に近付き、つついてみたが反応は無い。

「ど、どうしよう⋯⋯でも、やっちゃったからには持って帰らないとですよね」

それが命に対する責任というもの。
その倫理観を鯛焼きに適応させる日が来るとは思ってもみなかったが。
兎に角この巨体を何とかしなければ。抱えられるだろうかと試し尻尾に腕を回すが、まともに触れていられず直ぐに手を離した。

「熱い!重い!!うえぇ〜⋯⋯出来たて熱々じゃないですかぁ⋯⋯」

傷から溢れる餡子がまるで溶岩の様にも見えた。命尽きて尚もアッツアツの鯛焼きを前に、しばし途方に暮れていた。
だが、いつまでも呑気にしてはいられない。この状況に埒を明けるべく、レヴィアは意を決してスコアラを取り出した。
保存されているIDの一つを選び出し、一瞬躊躇いはしたものの通信を繋いだ。
すると、直ぐに『何だ』と義兄の冷淡な声が応答する。

「あ、どうも。そのぅ⋯⋯実はですね⋯⋯」

たどたどしく言い淀んだのは最初だけ。後は理路整然と此処に至る一連の流れと現状況を説明した。

「⋯⋯と、言う事でして」

余りにも突飛な説明を呑みかねているのか。スコアラからは沈黙が流れていたが、ややあって『⋯⋯座標を教えろ』と静かに返された。

─────

「⋯⋯此処は⋯⋯、一体何がどうなっている⋯⋯!」

義妹からの一報を受けて一時間後。
ようやく件の森に辿り着いた青年は先ずその様子に面食らい、奇しくも義妹と同じ反応を示していた。
何かの幻覚作用でも働いているのかと言う光景だが、己の五感は何の矛盾も無く現実と訴えている。
いくら甘味を好む青年と言えど、己の正気を疑わざるを得なかった。

「⋯⋯で、それはどうしたのだ」

伝えられた場所に辿り着くと、確と義妹も居た。説明されていた通り、傍には巨大な鯛焼きが横たわり未だにホカホカと湯気を立てている
死後一時間経とうと、巨大鯛焼きは熱々で香ばしい香りを漂わせていた。きっと冷めても美味い、まこと鯛焼きの鑑である。
レヴィアは鯛焼きの傍で座り込んでいたが『さっき説明した通りです』と困惑の義兄へ前置きして立ち上がる。

「えー、図らずも鯛焼きをハントしちゃいまして⋯⋯お兄ちゃんなら処理出来るかなって」

ゼクティスでも良かったのだが、甘味を好む義兄の方が鯛焼きの解体処理も詳しいだろうと踏んだのだ。
甘味好きと鯛焼き解体処理技術の相互関係については、考証の余地があるが。

「私だって自分から進んで狩りに行った訳じゃないですからね。襲われたが為の不可抗力です」

己で片をつけられない狩りなどするな、と言う叱責は先手打って封じておいた。
義兄は溜息を吐き出す事しか出来ず、銃剣のバヨネットを取り外した。

「⋯⋯ふん、エラ(?)を一突きか。
躊躇い無い攻撃とその精度、そして俺を呼んだ判断は評価してやろう」

エラの傷の他に外傷は無く、餡子はみっちり詰まったままなのだろう。バヨネットの刃を綺麗に拭くと、早速解体に掛かる。
だが刃を突き立てようとしたものの、素直に沈み込みはしなかった。

「ぬ⋯⋯皮サクサクの固めタイプか、お前も手伝え」

中身も見た目通りの餡子ばかり。
正真正銘の鯛焼き振りに益々混乱を禁じ得ないが、カニカマやじゃこ天が釣れる島の記憶を回顧すれば納得出来なくもなかった。
中身が餡子ばかりなら内臓の処理の心配は要らない。長大な光の刃を創り出すと、義兄の指示に従って切り分けてゆく。
餡子の熱気に耐えつつ、やがて鯛焼きは頭から尻尾まで当分に切り分けられただろう。

「ふいぃ⋯⋯マグロとかじゃなくて鯛焼きの解体ショーだなんて⋯⋯何ともシュールな絵面ですね。
──ア”ッ髪がべたべた!!」

額から流れる汗を拭い、洸晰包丁を髪へと戻すと案の定と言うか、付着した餡子の糖分で酷い有様になっていた。

「ぐぬぬ、お風呂までの辛抱ッ⋯⋯!」

「分子レベルで糖が結合している可能性があるな⋯⋯よく湯で洗えよ」

そう言えばカレーアゲハを相手にした時もカレー臭が取れなかったとか言っていた様な。
己とは違って光使いとして完成した身である義妹であるが、こう言った場合は自ずと欠陥を見出してしまう。
投げ掛ける声も心做しか気遣わしげであった。

「あ、お兄ちゃん。良かったら好きな方を半分どうぞ」

「半分も要らん。が⋯⋯頭側から二切れ貰おうか。いや少し待て、スケッチを取ってからだ」

カルミラは懐から手帳を取り出すと、手早くペンを動かし始めた。
レヴィアはベタついて不格好な毛先をリボンで結び直して纏めながら『はぁい』と緩い返事で義兄に応えた。スケッチを待ついとまに義兄の手元をひょいと覗き込む。
このトンチキも確と観察記録を残しておくとは、いかにもマメな義兄らしい。

「⋯⋯報告書、やっぱり今も変わらず毎月書いてるんですか?ユーリックさんからお返事、来ます?」

彼が義父を慕っているのは承知であるが、必要最低限のやり取りしか交わさない自分にとってその筆まめ振りには首を傾げてしまう。義兄のやる事に異論を挟んだところでどうせ噛み潰されるのだから、口を出すだけ無駄。なのだが、それでも問わずには居られなかった。

「⋯⋯、⋯⋯俺は手紙を書いているのでは無い。
それに総監はお前の想像するより遥かにお忙しい身なのだ。
理さえ隔てる異邦でのうのうと暮らす俺如き、余計な時間を割いて頂くなど烏滸がましい」

カルミラはやや言葉に詰まったが、感情を含ませぬよう淡々と淀みない回答を吐き出した。語調と同じく手元も動かし続け、スケッチを終えるとわざとらしく音を立てて手帳を閉じた。

「さぁ、回収して帰るぞ。
臭いに誘われて奇妙なモンスターが集まって来られても困る」

カルミラは自身が持参した油紙を拡げると、大きさなどものともせずにこれまた手際良く包み始めた。
──やはり。
と言うか、あの男が必要以上に情を抱かせる行動を取る訳が無い。
表層は義兄と同じくツンデレ、深層は自分と同じく冷淡な利他を以て動く人間だ。
義兄に比べて交流は非常に浅いが根が似通っているだけに、ともすれば彼よりも理解が及ぶ。
自身の耳飾りに触れながら兄の背を見詰め、やがておもむろに口を開いた。

「⋯⋯なら手紙、書きませんか?
贈り物と一緒に送るんです。だってこっちのホワイトデーは家族や大切な人に感謝を伝える行事、何もおかしな事はありません」

レヴィアはまるで模範解答でも読み上げる様に、堂々言ってのけた。

「──は?
⋯⋯はぁ??」

カルミラは勢い付けて義妹を振り返り、怪訝に眉をひそめて言葉を脳内で反芻する。そしてやはり同じ反応を繰り返した。
反射的に『正気か?』と喉まで出かけたが、義妹の言う通り『何もおかしな事では無い』のだと辛うじて言葉を呑み込む。
口元に手を添え、異様に険しい顔で唸り声を洩らしている。その内、やたら切迫した面持ちで口を開いた。

「⋯⋯アクセサリーなど、作った事は無いぞ」

機械弄りは出来るが、手芸細工となれば別の管轄。義父どころか人に見せられる物が作れるかも怪しかった。
意外にも素直な反応が返った事に驚いたが、あの男が絡んだお陰だろうか。或いは、義兄なりに角を減らす努力をした結果なのだろうか。何れにせよ、これは良い傾向なのではないか。

「ご心配なく、言い出しっぺがちゃんとお手伝いしますよ」

提案者としての責任は果たすと、レヴィアは小さく苦笑を浮かべた。
義手を授かって以降、レヴィア自身もあの男には借りを作りっぱなしだ。此方からも多少は返しておかねばなるまいし。
『そうか』とごく小さく答え、安堵を隠す様に踵を返す義兄の背にまたわらう。隠したものに露ほども気付かないふりをして『どんなデザインにしましょうかね』と歩き出す。

交わす言葉は少なくとも兄妹は自然と互いに足並みを揃え、大きな甘味の土産と共に不思議な森を後にした。

───────

穏やかな春の日差しの下、金髪の少女──レヴィアはせっせと砂浜を熊手で掘り返していた。
砂の下から染み出した海水に洗われながらコロコロと出てきたのは、栄養の行き届いた大振りなアサリ達。
しかし少女の目的はそれでは無いらしく、深々と溜息を吐き出して傍らのバケツにアサリを収めた。

「うーん、潮干狩りなら大成功なんですが⋯今日はアサリ御膳ですねぇ」

バケツを覗き込めば、もうすっかり満杯になっていた。屈みっ放しで痛む腰を叩きながらレヴィアは立ち上がる。

「こないだ教わったアサリの砂抜き時短術を試す機会と思えば⋯⋯」

「アサリの殻はカルシウムが豊富だ。よく乾燥して粉末にすれば畑の肥料や家畜の飼料に混ぜ込んで活用出来る」

貝殻活用術を唱えながら少女の後方からやって来たのは淡青色の髪の青年──カルミラである。
彼もまた、片手に携えたバケツをアサリで満杯にしていた。

「不都合な現実から目を背ける為に家事に逃げるな──とは、俺も言えた口では無いがな」

少女が振り返り、此方の姿を見るや容易く察したのか『そっちも駄目でしたか』と肩を落とす。義兄妹揃って溜息を吐き出した。

「どうもビーチコーミングブームのせいで、装飾になる種の貝は乱獲されている様だ。まったく、人の欲にはほとほと呆れる」

「仮に制限されたとしても聞かない人は聞きませんしね。そして、お互いに運が無かったとも言えます」

周囲を見回せば、確と拾えている者も居るのだ。一概に乱獲が原因とも言えず、お目当てを掴めない互いの不運を嘆いた。

「どうします?
シェルパーツなら手芸屋さんに売ってますけど⋯⋯」

ごく一般的な入手方法であり、確実で手間も掛からない。レヴィアは義兄の顔色を窺いながら試しに訊いてみる。しかし頑固な彼が素直に頷く筈もないのは判り切った事。
伏し目がちに押し黙る表情を見れば、回答は得たも同然。

「⋯⋯ん、日暮れまではやってみましょうかね」

「ナルミら〜!!」

痛む腰に鞭を打ってもうひと頑張り。腹を括って頷き合う義兄妹目掛け、キャラメル色の小熊──否、猫の曹長が駆け込んで来る。
背中には白い背負い布が括り付けられ、シャコタン気味の摺り足で砂浜を走る走る。

「曹長、何だそのシャコタン走行は。どこまで遊びに行っていた」

生憎とカルミラにシャコタンの良さは解らない。片眉を上げ、やたらご機嫌右肩上がりな猫の様子を訝しんでいたが、直ぐにその所以を知る事になる。

「ナンナンナンナン〜⋯⋯ウゥン!」

猫は水色餌係の元までやって来ると、足元をぐるぐる回ってようやく止まった。かと思えば、ブルンと大きく猫ドリル。取得物をまとめて周囲にドロップさせた。
カルミラ、レヴィアは猫が落としたその品々を見て驚き、絶句する。

「曹長、これは⋯⋯!お前が集めて来たのか!?
まさか俺が装飾用の貝殻を探していると察して⋯⋯!」

シーグラス、貝殻、エーテル⋯アクセサリーを作るに充分な素材と資金まで調達して来た猫に心を打たれない飼い主が居ようか。気付けばカルミラは膝からその場に崩れ落ちていた。

「さすがは曹長ちゃん!お宝探しのプロフェッショナル!」

感動に胸を打たれて動けぬ青年の代わり、レヴィアが駆け寄ってお手柄猫をわしゃわしゃと撫でまくり褒めまくる。
だが、猫だけの力とは思えない。エーテルを包んでいた白布が何よりの違和感だ。

「この布⋯⋯曹長ちゃん、もしかして誰かにお手伝いして貰ったんですか?」

猫の脇に手を差し込み、身体を持ち上げて此方と対面させる。『ナン』と言う返事から詳細な情報は読み取れない。しかし大手柄である事に変わりは無い。
レヴィアは目尻を溶かし『お利口、お利口』と猫の丸い顔を揉む様にモフモフと撫でてやった。
カルミラは周囲に散乱した素材を拾い上げて検品し、義妹から揉みくちゃに撫でられている猫を改めて見遣る。

「ふ、主に黙って素材集めとは⋯⋯粋な真似をするものだ。その手伝ってくれた者にも、いつか礼を言わねばなるまい」

カルミラはレヴィアから白布を受け取ると、綺麗に畳んで仕舞っておくことに。
ボッフボフに毛並みが乱れた猫の頭を軽く撫でてやり、自分のバケツを持ち上げる。

「帰りに餌でも買ってやるか。行くぞ、日が暮れてしまう」

猫のお陰で買い物をする時間の余裕も出来たが、既に空は暮れゆく色。
街へと戻るべく、カルミラはふたりを促して踵を返す。

「んナァ」

やったぜ。これはきっとオイシーものをくれそうなヨカン。
一日貝探しをしていた猫も脚が棒なんである。恐らく明日は筋肉痛のお昼寝日になるだろう。
ボワボワになった毛並みを整えていると、兄妹が歩き始めている。
『曹長ちゃん、帰りますよ』とレヴィアに呼ばれてようやく気付くと、ハッと顔を上げる。

「ンワワ」

置いていかれるまいと猫はまたダッシュで追い駆け、二人と一匹は夕暮れの砂浜を後にしただろう。