05

ほぼ植物状態となっていたレヴィアの意識が初めて戻ったのはゼクティスが聖都から離れて一ヶ月後の事だった。
薄く目を開けると、網膜に光が差し込んで来る。長らく光を受け入れていなかった眼には強すぎる光に耐え兼ね、また瞼を閉じる。

致命傷とも言えるあの傷を受けて未だ生きているとは。目を覚ました時には夢かとも思ったが全身を容赦無く蝕んでくる痛苦に、これは紛れもなく現実であると実感を刻まれた。

傷の痛みだけでは無い。身体の内から燃え盛る様な熱を感じる。
普通の人間でさえ猛毒の黄泉域の瘴気──光使いにとっては更に強力な毒となる気体化した蒼洸によって、外からだけでは無く身体の内部からも身体を構成する洸晰の結合を破壊されたのだ。
意識が戻ったと言えど人工呼吸器を外す事など出来ない。単に意識が戻っただけで、機械に繋がれていなければ数十分も意識を保つことが出来ない状態であった。

また瞼を薄く開き、少しずつ、少しずつ光に眼を慣らしてゆく。

おもむろに手を動かそうとして、左側の腕が反応すら帰って来ないことに気付いた。まさか、と確認するのは余りに恐ろしくはあったが、やがて意を決する。
酷くぼやけた視界でも判る。鉛の重しを巻き着けた様に怠重い右腕を挙げれば案の定、腕は半分の長さになっていた。

「────ッ!!」

瞬間、目に見えない“右手”が灼けた万力に締め上げられるかの如く痛んだ。
痛みに身を跳ねさせ仰け反る。腕には点滴が繋がった侭だが、針が抜けようとも咄嗟に右手を伸ばす。だが無論、その先に対の手は無い。それでも存在しない左手を強く押さえている。

点滴の針から逆流した血が白いシーツに転々と赤い水玉を作った。亡くした腕が、幻肢が悲鳴をあげている。

喉が灼けていなければ確実に苦痛に声をあげていたことだろう。身体が動けば陸に揚げられた魚の如く暴れ、のたうち回っていただろう。
痛みを和らげようと脳が酸素を欲し過呼吸を起こすが、酸素マスクに繋がる本体が異常を感知したのだろう。直ぐに調圧が掛けられ、程無くして過呼吸は治まった。

やがて徐々に痛みは和らいでいったものの、それだけで酷く体力を消耗した身体は意志とは関係無く意識を淀めてゆく。しばらくはその繰り返しで、明瞭に意識を取り戻す事は出来なかった。

─────

それから十日ほど経ち、比較的安定した状態で目を覚ましたとき。

レヴィアはふと自身の自分の光使いの特性で再び形成出来ないものかと考えたが、その期待は呆気なく潰えた。
元の右手のイメージを綿密に練り上げ、作り上げようと試みたものの、それは所詮光の集合体。人間のかたちには成り得なかった。
人体の形成がゼロから出来る程この力は都合良く操れるものではないらしい。それでもと覚醒している間に根気強く試してはいたが、結果は徒労に終わった。

起きているとまた幻肢痛に見舞われた。
何にせよ、全てに於いて時間が必要だ。

──────

何度目かの覚醒の時、ようやく左腕に結ばれたリボンに気が付いた。何故、こんな場所に括られているのか。

「っ………!」

混沌とした記憶が少しずつ順を追って甦る。
そうだ、これは境界に入る前にゼクティスに預けたもの、一方的に押し付けた約束の証だ。例え此方側に戻る事が叶わなかったとしても、せめて彼に覚えておいて欲しいと預けた我儘だった。

今、自分はこうして生きている。そうか、彼はこんな我が儘同然の約束を確と果たしてくれたのか。
そう思うと嬉しくて、嬉しくて堪らなかった。

そう言えば彼は、ゼクティスは一体どうなったのだろう、と。ぼんやりと霞む視界で天井を見詰めながら未だ覚め切らぬ虚ろな思考で考えた。

瞬間、靄のかかる記憶のパズルが待ちわびたとばかりに組み上がる。最後に見た光景が脳裏にはっきりと再生された。
眼に焼き付いた、ゼクティスに黄金色の洸晰の刃が突き立った光景が。頭に響いた『境界を害するものを廃せよ』と言うあの命令が蘇る。

「──あ……、あぁ……あ!」

呼吸器のマスクの中で吐息混じりに掠れた声が微かに漏れる。
──あぁ、思い出した。思い出してしまった。
何故、一瞬でも呑気に忘れてしまっていたのか。あの時確かに自分はゼクティスを刺した。
現実である等、とても信じたくは無かった。だが沸き上がるこの身体の震えが嫌がおうにもその真実を肯定していた。
一刻も早くゼクティスの安否を確かめたかったが、呼吸器を始め幾つもの点滴の針や計器に繋がれ動かすこともままならない不自由な身ではそれも叶わない。

「……」

焦燥ばかりが募り、悔しさにシーツを強く握り締める事しか出来ない。
腕を取り戻せないと解っても、この身に与えられた痛みに憤る事などなかったのに。今ばかりは、力無く不自由な我が身をただ呪った。

─────

「……レヴィア……?」

治療室に入るや否や、レヴィアが目を開けている事に気付いたエリザベートは慌ててそのまま寝台に激突せんばかりの勢いで駆け寄った。

意識が戻ってからエリザベートが様子を見に来るまで、時間にして恐らく十分も無かったろうが、その僅かな時間でさえも永遠に感じられた。

声の代わりにエリザベートの問い掛けに応える様に眼を動かし彼女の翠の瞳を確と見詰めた。

「お前、意識が戻ったのか……?私の言っている事が解るか?」

少女はゆっくりと二度、瞬きで応える。
レヴィアがようやく、本当の意味で戻って来た。
何物に代え難い喜びに耐え兼ね、エリザベートは崩れる様にレヴィアの胸に顔を埋める。声にならない声で何度もよかった、とひたすらに繰り返していた。
自身の記憶にある、最後に見たエリザベートの姿よりも少し痩せた気がする。疲労と、心労の為でもあろうか。翠の瞳は帯びた翳りに曇り、目元には隈が浮かんでいた。
彼女の事だ、訊いた所で自身の弱味を見せる様な仔細など語ってはくれないだろうが相応に心配を掛けさせてしまっていたらしい。

「エリザさ……エリザさん?どうか、なさいましたの?」

遅れて部屋に現れた女の声に視線を向ける。声の主は従軍医を示す白い外套の付いた軍服を纏った女性、イルミリアだ。ふんわりとした赤紫色の長い髪は邪魔にならない様にすっきりと纏められている。
彼女はエリザベートの様子がおかしい事に直ぐに気付き、寝台へ早足に駆け寄った。

「……帰って来た……レヴィアが目を覚ましたんだよ。今ははっきりと、意識が安定している様だ」

「診てやってくれないか」とエリザベートはレヴィアからゆっくり身体を離す。

「え、気付いたって……ああ本当!
ええ、ええ!ちょっと診させて下さいましね」

イルミリアは早速袖を捲って手の消毒を済ませた後、手早く点滴や計器の数値を確認しレヴィアの包帯を外してゆく。
爛れた皮膚が空気に触れて痺れる様に痛んだ。

「良かった、ようやく意識が安定して保てるまで回復しましたのね。
痛み止めは効いてます?我慢はしないで下さいませね。副作用で吐き気が出るかも知れませんし麻酔も使ってるので余り一気に量は増やせませんけれど、必要なら調整しますわ」

流石と言うべきか。患者を落ち着かせる穏やかな口調とは裏腹に、手慣れた様子で無駄無く作業を進める彼女の手際は思わず見入ってしまうほどのものであった。
だが、それも束の間。はたと我に返り、エリザベートの方へ顔を向けてゼクティスはどうしたのか尋ねようと口を開いた。

「うん?レヴィア、どうしたんだ」

声帯が灼けてしまっている為にほとんど声を出すことすら敵わなかったが、それでも伊達に幼馴染みはやっていない。
何かを探すような視線と口の動きも合わせてエリザベートは直ぐにレヴィアの言わんとする意を察したようだった。

「もしかして……ゼクトの事か?」

レヴィアは確と首を縦に頷いた。
エリザベートは僅かに瞳を揺らし、言い辛そうに言葉を詰まらせているようだったが口を開いた。

「……あいつは、直ぐに体力が戻った様でな。一ヶ月程前だったか……聖都を出た。やることがあると言ってな。
……まぁあいつの事だ、心配しなくとも元気にやってるだろうよ」

エリザベートは努めてゆるやかな口調で、だが繕い切れもせずにぎこちない笑顔を作って見せた。彼女なりの精一杯のフォローではあったが、レヴィアには『此処を去った』と言う言葉だけが耳に残り眼を見開く。微かだったが「そんな、」という形に唇が動く。呆然と視線をさ迷わせたのち、伏してしまった。

「……レヴィア……」

少女の身体の傷以上に痛々しく意気消沈した様子にエリザベートは掛けるべき言葉が見付からない。ただ静かにその金髪を撫で梳いた。
エリザベートはゼクティスが去り際に言った言葉を思い出す。
カルミラ自身が選択した事だったとは言え、レヴィアの唯一の近親者であった彼を見殺しにした事、少女を守りきれずここまでの深傷を負わせた事を自らの力不足と嘆き、酷く悔いていた。
人伝に聞く限り、カルミラの力無くしてはこの結果は得られなかった。エリザベートからすれば、ゼクティスはレヴィアを救い出して戻って来た。
彼はけして、過ちを犯してしまった訳では無い。ただ、それに支払った代償が負い切れない程大き過ぎただけのこと。

しかし人の生死がその様に正誤の理屈のみで割り切れる程、易いものである訳が無い。

レヴィアに顔向け出来ないと言っていた彼の気持ちも理解しているだけに尚更エリザベートは言葉を見付けられなかったのだった。

─────

ゼクティスが無事であったことは確認できた。
きっと彼が目の前に在ったならば、自らの傷など省みず謝りたかった。許されたいなどと願えもしないが。
だが、ゼクティスは自分の意識が戻るのを待たずに聖都を立ち去ってしまった。生まれてしまった決定的なこの亀裂を修復する意志がもう彼には無いのだろうか。
エリザベートが彼に連絡を取る様子も無い。姿は無くとも、彼が残した事実は決別の意志を醸すに充分であったろう。
もしやこのまま、二度と解り合う事の無いまま会うことも出来ないのだろうか。そう思うと、暗澹たる絶望が這い寄るが如く心を侵し、荊に締め付けられる様に痛んだ。
ただでさえか細い息が浅く、詰まる。身体を襲う痛みより、万倍もの苦しみであった。伏した瞼から収まりきらなくなった涙が幾つもの雫になって溢れ落ちた。
いつの間にかイルミリアは皮膚の状態の確認も済ませ、包帯の巻き直しも終えていたらしい。終始その様子を見ていた彼女はゼクティスの事を思い出したのか、片頬に手を添え困った顔をしていた。

「……あの黒服の彼、ですか。確かに貴女が目覚める前に出て行ってしまいましたものねぇ……。全くもう、怪我も全然治ってらっしゃいませんでしたのにあんな状態で」

「……」

目を伏せ、顔を俯かせるレヴィアにイルミリアはここぞとばかりに一つの提案を持ち掛ける。

「……じゃあレヴィアさん、貴女が元気になったらいっそ貴女から彼に会いに行ってはいかが?」

「……!?」

全く予想だにしていなかった提案に思わずレヴィアは驚きの視線をイルミリアに向け「でも、」と言う逆接の声が洩れる。
だが彼女はそんなレヴィアの困惑も全く意に介さずに続ける。

「いくらお互い解り合えたつもりでも、男性に複雑で繊細な乙女心が理解出来るはずありませんもの。
ならいっそ、直接彼に教えて差し上げなさいな。気遣いのつもりなら見当違いも良いところ、って!」

イルミリアは軽く片眼を瞑ってみせる。

「……他人がどうこう口出ししてどうにかなる程簡単な事ではないとは解っておりますけれどね。
でも貴女は彼に伝えたい事があるのでしょう?なら、自分が何をすべきか?どうしたいのか。
自ずから、答は見付かることでしょう」

「……」

レヴィアは逡巡し僅かに眼を伏せる。イルミリアの言い分は実にシンプル、且つ真っ当だ。だが、頭で理解出来ていてもどうしても心が躊躇ってしまい、やはり素直に是と頷くことは出来なかった。

「例え望む結果が得られずとも、ですか」

恐れなく進めば望みが叶うなど都合の良い幻想だ。全てが無為に終わる事になるかもしれない。余りに酷ではないだろうかと、レヴィアの心情を代弁する様にエリザベートが口を開いたがイルミリアは飽くまで穏やかな笑みを湛えたままに「ええ」と頷く。

「真に望む結果など、常に遠いところにあるもの。
けれど、だからと言って何もしなければ永遠に遠いままですわ」

さて、とイルミリアは両の手をぱんと一つ合わせて話を区切る。

「これは飽くまで私からの“提案”。答は直ぐに出す必要はありませんし、幸い考える時間はたっぷりありますわ」

「そして」とイルミリアはレヴィアの顔を覗き込んで悪戯っぽい笑みを浮かべると、少女の額を人差し指で軽く突いた。

「その前に、貴女は傷を治して元気になると言う大事なお仕事が有りますからね。確り励んで頂きますわ!女の子の玉の肌に痕が残るなんて言語道断、私も最善を尽くしましょう!」

イルミリアの笑顔につられたのか、ようやくレヴィアの顔にも僅かに笑みが戻り何処か気恥ずかしそうに頷いた。

「あと、リハビリが一段落したらのお話になりますけれど、エイレンフェレス技術総監が直々に“良いもの”を作って下さってるって仰有っておりましたわ」

「……?」

思いがけず唐突に出てきた名前に何故、と疑問符が浮かぶ。かの技術総監──ユーリックが一体何を、とレヴィアは目で疑問を訴える。
あの男とは確かに数回顔を合わせたが、余り良い印象を持ってはいない。一番の要因は、二度目に軍基地へ連行された際にレヴィア自身が苛立ちから出た言葉をぶつけてしまった事にあるが。
エリザベートがまたもレヴィアの考えを代弁するかの様に呟く。ユーリックは飽くまでレヴィアを人柱に据えるべきと考えていたはず。彼にとって、生き残ってしまったレヴィアは汚点とも言うべき存在ではないだろうか。

「あの方が、レヴィアの為に……?余り良い想像が出来ないんだが……」

「エリザさんが不在の時に度々此方に来られていらっしゃいましたけれど、変な物では無いと思いますわよ?
詳しくは教えて下さいませんでしたけど……『不便だろうから』と仰有っておりましたしね。要するに出来てからのお楽しみ、ですわ」

来訪の様子を見ていたイルミリアにはおおよその察しが付いていたが、そんな事はおくびにも出さず言葉のベールで覆っておくことにした。

「いつの間に……」

「あの方もあの方なりにレヴィアさんの未来を考えていらっしゃるのでしょう」

そしてイルミリアはエリザベートに向き直ったかと思うと満足げな笑顔のまま、吊られていない方のエリザベートの左腕を遠慮無く掴んで身体を寄せ、腕を組む。まるで断固として逃がすまいとしている様に。

「えぇと……み、ミリア殿?何を……」

「エリザさん、貴女は貴女で今は治療の時間でしょう。レヴィアさんが心配なのは一向に構いませんけれど貴女だって大怪我から治りきっていないのですから!
時間は守って下さいまし!さぁさぁお早く、戻って!!」

「ま、待ってくれ!判ったから放してくれ!自分で歩いて行くから!」

エリザベートはイルミリアに容赦無く腕を引かれるまま、半ば引き摺られる様に部屋を出ていったのだった。

レヴィアの居る治療室を後にしてようやく腕を放されたエリザベートは一先ず安堵の溜め息を吐いてから改めてイルミリアに頭を下げた。

「感謝するよミリア殿、世話を掛けてしまった。私ではああはいかなかったと思う。幼馴染みだと言うのに、上手い声掛けが出来ないのが情けないよ」

「いいえ、私はほんの少しあの娘の背中を押してあげただけ。これも医者の務め、当然の事ですもの。
その後どうするかはレヴィアさん次第。貴女は彼女が立ち上がれる様に信じてあげて下さいな」

「そう、ですね。私もレヴィアに負けないように、早く気を持ち直さなければ……ならないな」

エリザベートは気を落ち着かせる為に深々と嘆息する。今まで抱えていた心労はゼクティスやレヴィアの事だけではなかった。

「……レイも、何処かへ消えてしまった。私がもっと何か出来ていれば、力があったなら独りにすることも無かったろうに」

─────

一週間前になるだろうか、いつも通りレヴィアの眠る病室で過ごして居ると夜半久し振りにレイシェントが自ら姿を見せた。
魔物の出現率も落ち着いて来た為、レヴィアの様子を見に来たのだと言っていたが、それにしては取り留めも無い雑談ばかりしていた様に思う。

『普段はろくに喋りもしないくせに、どうした。今日は随分と饒舌じゃないか』とからかってやると、レイシェントは口を噤むがややあってぽつりと呟いた。

「……お前には、感謝している」

「……おいおい急に何を言い出すかと思えば気味が悪い。良くない魔物にでも取り憑かれたか?」

余りに唐突に告げられた礼に空耳かとすら思ったが、どうやらそうでもないらしい。意図を図りかね、怪訝に眉を寄せる。

「無理矢理外へ連れ出された時は面倒極まりなかったが……しかしお前が来なければ私は再び得た生を感じる事など出来なかったろう」

だから、有難う。と最後に付け足しで今一度エリザベートに礼を言うと彼女は何が面白かったのか苦笑に唇を歪めた。

「──は、は!こいつは傑作だ!私がお前から礼を言われる日が来るなんてな。明日は雪か、若しくは槍でも降るかな?あぁ恐ろしい、精々気を付けろよ」

「……私の事より先ずは自分の傷を省みろ。
尤も、そんな口を叩ける様ならもう平気だろうが」

「全く何を言うかと思えば……はいはい了解した。お前の働きに甘んじて此方は悠々と養生に励ませてもらうとも」

「それで結構」

エリザベートは冗談混じりに軽く拳で男の胸を叩くと、レイシェントは僅かに口角を上げてぎこちなく笑って見せた。後は特に変わった様子も無く、踵を返したのだった。
今思えば、あれが彼なりの別れの挨拶代わりだったのだろう。

──その三日後、聖都内で大型の魔物の目撃情報の一報が入る。
不思議な事に被害は建造物の破損以外は無く、直ぐに姿を虚空へと消したと言う。
それ以来、レイシェントとは一切連絡が途絶え、夜な夜な目撃されていた彼の姿を見る者も居なくなった。姿を消した男の行き先はおおよそ見当がつく。だが、たかが一人の人間の捜索に割ける人員も無ければ、エリザベートの怪我も治っておらず、戦闘など出来る筈がない。まして未だ眠り続けているレヴィアの元を離れ、独りにする事は出来なかった。
人としてのレイシェントの期限の話を聞いていたにも関わらず、未だ猶予はあると思い込み甘く見てしまっていた。
あれだけ大口を叩いておきながら、何も出来ずにむざむざ見過ごしてこの有様とは。

自分は、何を言い訳にしても取り返しの付かない失敗を犯してしまったのだ。

──────

「……情けない事ですが、何度も後悔と自問自答を繰り返すばかりだ。それに何の意味も無いと解っているのにな。レヴィアにも、どう伝えたものか……」

レヴィアがようやく目を覚ましたとは言え、ゼクティスの件だけでもあの落ち込み様だ。今の少女に現状を全て説明するのは余りにも酷と言うものだ。
説明するにしても前提としてカルミラの事も話しておかなければならない。それに追い打ちを掛ける様なレイシェントの件。
幼い頃から戦いの道を選び続け、仲間の悲劇など飽くほど見て来たつもりだった。だが、今回に限ってはかつてないほどに精神の摩耗と揺らぎを感じている。

「レヴィアさんはこれから立ち上がらなければならないのです。今はとにかく前を向いて頂かなければ。
あの娘には、沢山の時間が必要ですわ。そしてあの娘を支える貴女の強い心も」

焦ってはならない、折れてはならないと諭すイルミリアの言葉をどうにか飲み下し、相槌を打って頷く。
しかし今の自分が出来ることなどそう多くは無い。大分回復したとは言え、ようやく両手で銃を構えて撃てる様になったくらいだ。前線復帰には未だしばらく掛かる。何か無いのだろうか、と無力感に頭を抱えたところで、ふと何か思い付いたのか顔を上げた。

「……ミリア殿、レヴィアの事をしばらくお任せしても宜しいですか」

「え?ええ、それは構いませんけれど、如何しましたの?」

「アルザラへ、行こうかと思いまして」

「アルザラ……それはまた随分と遠い……理由は?」

エリザベートはイルミリアに向き直ると、どうか頼みますと頭を下げる。
思い付きにしても唐突過ぎはしないだろうか。もしかすると自棄になっているのでは、とイルミリアは戸惑うがエリザベートは構わず言葉を続ける。

「レイが行くとすればあそこだ。あそこ以外を私は知らない。此処に居たところで当面の間は立たず……軍人としても処罰を待つ身。
例え間に合わずとも、私は奴に見届けてやると言ったんだ。自己満足の誓いくらいは果たさせて貰わなければ」

「エリザさん……」

「決着をつけないと気が済まない性分でしてね」

沈痛な声音、だがその表情には確かに強い眼差しがあった。眼に宿すのはこれから戦地へ赴くものが覚悟を以て湛える光だ。
幾度と無くそれを見てきたイルミリアは正にその目だと理解する。

エリザベートにとってこれはある種、次へと歩を進める為の儀式になるのだろう。
余計な労りや励ましの言葉など最早彼女には必要ない。イルミリアは見送る言葉だけを告げようと、ただ静かに微笑んで頷いた。

「……解りましたわ。此方の事はどうかお任せを。
行ってらっしゃいまし」

「有難う、慈悲深き我が天使。恩に着ます」

何たる幸いか、どうやら帰るべき場所は此処にもあるらしい。エリザベートはおのずと膝を折り、騎士の一礼を取っていた。