火葬谷

2022.APR

cast:エリザベート、レイシェント、ネヴァ

ギルドの会議室、部屋の片隅の席にて赤毛の男が黙々と紙上にペンを走らせている。

時折手が止まったかと思えば、また動き出す。
記す報告の文面はごく淡々と、誇張も欺瞞も無く質実に、客観に徹したもの。
考察はあれど所感は交えず綴り続ける。

傍らに置いた碧の結晶を見遣れば彼の地での現象の記憶が甦り、感情の牢が揺らぐ。

軽くかぶりを振ってレイシェントは再び紙面へと向かい、握り直したペンを走らせ始めた。

今度は濃紺の軍服を纏った女が『失礼』と気易い挨拶一つで扉を開いた。
エリザベートがぐるりと室内を見回せば、見落としそうな席を選んで赤毛の男が座っているのを見付ける。

「レイ、何処に行ったかと思えば……何の為のスコアラだ?
──しかし、お前が此処に居るとは意外だったな」

エリザベートは行儀悪く机に腰を据え、男の手元に視線を落とす。
この報告書を読み込まずとも、この男が見た者が今回の怪奇現象に該当するものであった事は解った。

「……その結晶は?エーテルか?」

「……」

碧色の結晶を指差す手の主の顔を見ようとはせず。だが、先程まで休み無く動いていたペンは完全に止まっていた。

見たいなら見れば良い、と言う様にレイシェントは結晶をエリザベートの手に乗せた。

「……それはもうエーテルですらない。
鑑定したところ、エネルギーの抜けきった残骸──屑エーテルだそうだ。
好きに処分して構わないと」

レイシェントは淡々と、一つまみの感情も織り交ぜず必要最低限の言葉で説明し、再び手を動かし始めた。

「……お前も調査に出向くつもりか?」

エリザベートは渡された結晶を照明の光に透かし、薄紅色を舞わせる光の移ろいを眺めている。
『処分する気も無いくせにな』と嗤って男の前にそれを戻す。

「私が想像していたより随分穏やかな貌で現れた様だな。
人を惑わせ、貶め、害を成す現象かと思っていたんだが」

周囲の帰還者の様子を見ても、予想していた程の混乱や動揺は窺えない様に思う。

「縁なんぞは別れの際に悉く断ち切って来た。
対峙させられたとて所詮は戻れぬ過去に視る映画、嘆くものも無い。
私には誂え向きの仕事だよ」

レイシェントのペン先が紙を引っ掻く音が再びぴたりと止まる。
コツ、コツと紙面を打ち。

「………過去に恐れは無いと?」

エリザベートはは腕を組み、苦く頬を歪めて『そうやってひた走って来たもので』と笑った。
レイシェントは紙面から顔を上げる。

「現在のお前を構成するのは過去から連綿と続く時の連続性の上。
縁を断ち切ろうと、記憶を捨て去る事は出来ない。
──そうして進むしか出来ない過去があるのなら……」

「心して向かえ、と?」

天井を仰ぎ、笑い声を一音響かせた。エリザベートは蛇が鎌首もたげる様に男へ顔を寄せ、喉奥から更に笑いを洩らす。

「御忠告をどうも有難うレイシェント・ロアコート。
対峙させられるのが自らの柔い暗部だと言うのなら挑むところ。
私自身との闘争などまたとない機会じゃないか。
現地へ赴くのが一層楽しみになったよ」

それだけ言うとエリザベートは机から身を離し、揚々と弾む足取りでカウンターに向かって歩き出す。後ろ手に手を振り『私が生きて帰れたら何か奢れよ』と濃紺の軍服を翻した。

「……またろくでも無い事を……」

人の間をすり抜け、直ぐに紛れてしまった軍服姿を見送り、レイシェントは頭痛をもよおした様に額を押さえた。

他者の過去を詮索する趣味も、興味も無いがあの性質は一体何処から生まれたのか。
ほんの少しばかり、考えざるを得なかった。

─────

「手近な所は既に調べられているとは言え、随分脚を伸ばす羽目になったものだ」

そう呟く軍服姿は荒野の谷に在った。
火山帯を抱くリンドゥ地方とフレオリー地方の丁度境に位置するこの場所は、噂で聞き及ぶ通り幾度と無く戦場となっているのだろう。
人種も纏う装備も様々だが、至る所に回収されていない死体が幾つも転がっている。ともすれば此処は捨て場だったのかも知れない。

何れにせよ、彼女にとってそれは最早ただの残骸。一々脚を止めて悼むものではない。
進む谷の中央には、更に深い裂け目が口を開けていた。

「……この裂け目の底にある、何てのは勘弁して欲しい所だな……」

裂け目の底は、火山由来の硫化水素ガスが充満しているらしい。覗き込んでも底など見えない。
なんの意図があるかなど知ったことでは無いが、仕掛けられているのがこの下だとしたら相当に質が悪い。

「……探索出来る範囲で探してみるかぁ」

単独での調査任務なのだ。下手を打てばここまで来た得た情報の断片すら誰かに託せもせずに水泡に帰す。
エリザベートは煙草を携帯灰皿に捩じ込み、谷を歩き始めた。

──────

「暑いな……地熱のせいか……?」

谷は数十kmに渡り平野を横たわっている。歩けど歩けどそれらしいエーテルも陣も見当たらない。
軍服の袖で額を拭い──ガンホルダーに手を伸ばした。
銃口の先を目視すらせず三回の引鉄。
陽の射し込む谷の中に乱反射した残響が木霊した。

ゆっくりと顔を上げ、漸く弾丸を差し向けた対象を視認する。

「………」

そこに立っていたのは枯野色の髪の女だった。
ミリタリースーツを身に纏ってはいるが、所属を示す物は何も無い。
彼女はいつも言っていた。『家族に証など要らない』と。
ただの一発も当たっていないなど、冗談じゃない。女軍人は苦々しく口端を、頬を歪めて弾をリロードする。

「……生憎と、私はエクソシストじゃない。銀の弾なんぞは持っていないぞ」

片や枯野の女は目を細め、我が子との再会を喜び胸の内に迎え入れんと両手を広げる。

「それはお前を理性の内に縛る“縄”だ。縄で敵は払えない。
“エリス”、お前に最も相応しい“棒”はどうした?
そんな玩具で私の相手をしてくれるな」

わざとらしく悲しげに表情を沈めると、濃紺の軍服を指し示し揶揄を向ける。

「秩序の青、正義の白か。哀しい、哀しいな……そんな色、お前には似合わないよ」

これが噂に聞きし、過去を向く虚像か。
勝手知ったる口振りで記憶の深層に葬った遺灰を掬い上げ、蘇らせてゆく。
一歩、また一歩。ゆったりと無防備の格好で近付いてくる女を見据える翠眼からは既に情の熱など失せている。

あちらが歩みを進める度、引鉄を引く。
二人の間には土踏む足音、大気を裂く銃声と跳ねる空薬莢のみが、言葉に代わる応酬として交わされる。

「………」

やがて枯野の女の額に銃口が擦り付けられた。
無論、躊躇いなく引鉄を引いたが、弾丸は何を貫く事も無く女の背後へすり抜けて行った。
新しいマガジンを取り出し、また入れ替え──銃身を掴まれた。

「……犯罪者の汚い手で私の得物を掴むな。
その白銀は正義執行の為の我が両翼だ。爛れるぞ」

低く、押し潰された声。
だが、眼前の笑みは相も変わらず、嘲笑の色さえ帯びる。

「欺瞞と虚栄の具現だろう?
お前を安寧なる秩序とやらへ押し留めようとする醜い枷だ。
──少し、目を覚まさせてやろう」

何をするつもりか。
エリザベートは眉を僅かに動かす──と、次の瞬間。両手に握る銀の双銃から炎が上がり、両手を巻き込んで焼いてゆく。

「貴様何、をッ───!」

咄嗟に身を退いて手を離し、已む無く銃を地に投げ捨てた。
炎上する銃から顔を上げると、視界が一回転。背が強かに地に打ち付けられ、呼吸が詰まる。
揺れ、ぶれ、定まり切らない視界に煌めくものが映り、反射動作で身を地の上で転がす。

先程まで頭が有った場所にはタクティカルナイフの黒刃が突き立っていた。

覆い被さる虚像の腹を思い切り蹴飛ばす。重く、柔らかな感触は虚像などではなくヒトのそれだ。
加減などしない。鳩尾に確と入った筈だが効いている様子は無い。
身を起こそうと腕を立て、肩口に鈍痛が走る。

「──ッぐ、鬱陶しい……!」

肩から生えた投擲ナイフを雑に引き抜いて放る。
濃紺の軍服に尚深い色が染み広がってゆく。与えられる傷も痛みも、本物だ。

地に捨てた銃は、やはり怪奇の炎に包まれている。
ならばと腰の細剣を抜き、軍式剣術に則り騎士の如く正眼に構えた。

「……そんなもので私は殺せんと、未だ解らんか」

憐憫と、微かに加わった怒り。
飽くまで正義執行の徒として真っ直ぐに向かって来る青い姿を前に目を閉じた。
耳を劈く、乾いた金属音。
銀の細剣は二本一対のタクティカルナイフに容易く受け止められ、喰らい付かれていた。
大した業物でも無いが、黒い牙の如きナイフに喰らい付かれた細剣は余りにも脆く、枯木でも折る様に呆気なく刀身を砕かれた。

「……死んで化け物にでも成ったか、外道め」

少なくとも人の腕力でなせる業では無い。
エリザベートは侮蔑を吐き捨て、役立たずになった剣を苛立たしく地に叩き付けた。

「自欺の刃など“私”には届かんよ。お前はもっとも相応しい刃の形を自ら見出していた筈だ。
私が手を貸し、美しく鋭敏に鍛えてやった刃だ。お前はそれを奥底に仕舞い込み、哀しくも錆び付かせている」

「戯言を……」

半歩、脚を踏み出しかけたところ、エリザベートは微かに金擦れの音を捉えた。
腰に手を伸ばすと、装備した覚えの無い一対のサバイバルナイフが提がっている。
グリップを握れば、憎たらしい程に手に馴染んだ。今や炎上する双銃よりも、まるで寄り添う様に手の内に収まる。

躊躇ったのは一瞬。
この凶刃でしか眼前の夢魔を払えないならこれを抜かなければならない。
コートを脱ぎ捨て、けして揺らぐ事無かれと、享楽に浸る事無かれと心で誓って鞘から引き抜く。

枯野色の女は『それで良い』と満足気に頷く。
エリザベートは一対のナイフを逆手に構え、眼前の敵と相対する。
互いの出方を図る必要は無い。刃を抜けば刈り取るのみ。

谷に、多重の金属音が乱響した。

腕を振るう度に身体の何処そこから噴き出した血が飛び散り、あたかも血風を纏うかの様な貌。

「お前が仕える秩序、正義とは誰の為の物だ?
社会の安寧を保つ為と、お前は刷り込まれているのだろうが、果たしてその安寧はお前にももたらされているのか?」

「無論だ。少なくとも貴様の様に平和を脅かす害悪戦闘狂はこの世に必要無い。
私は悉くに貴様の存在を否定し、淘汰し、引き裂いて叩き潰す──何度でも!」

かちあう刃から火花が散る。競り合って無駄に体力を消耗するのも馬鹿馬鹿しい。振り払って、防御の隙間に捩じ込む様に突き出す。

「私はそうして勇者の夢を視てきた。
例えその座には据えられなくとも、甲斐など無くとも」

「可哀想なエリス。
そうやってお前はお前自身を殺している。
私の子供達の中でお前は唯一“本物”だった。私など凌ぐ程に」

向かって来るエリザベートの刃の軌道をいなし、擦れ違い様に背中を軽く、だが確と突き刺す。
痛みに体勢が崩れたところ、がら空きの背に回し蹴りをくれてやる。

「社会に於ける規範、秩序が自らを受け入れないなら自らを押し殺し迎合し、服従するだと?
何と惨めな自我の焼失か。お前に相応しい生はそんなものではない」

立ち上がれと、地に伏したエリザベートに歩み寄り手を伸べる。これこそ縋るべき慈悲の手であると嘯く様に。
だが、エリザベートはその手に刃を、鍔まで深く突き刺した。

白いグローブに包まれた掌から血は滴るが、果たして痛みは感じているのか。
見上げる橙色の眼に次に宿ったのは、諦観。

「エリス、お前は飽くまで衆合共が多数派の為に作り上げた規範とやらの下僕として生きると言うのか?
お前は火に焚べる対象を誤っているよ。
真に焼き払うべきは、お前の人間性を淘汰する社会その物だ」

欺瞞と虚栄で塗り固め、自らの手で自我を燃やした空洞の正義。それが今の“エリザベート・エンデュランス”の姿。
心理の鏡に映る自己像は誇り高き軍人のそれで無く、真っ黒に炭化した焼死体と化す。

だが、声を上げなければならない。否定しなければならない。ただ一人の少女の為に。
自我は此処に、立つ場所は此処にある。

「それでも!今の私には守りたい者が居る、守りたい場所がある!
貴様に、貴様なんぞに……“私”なんぞに壊されてたまるか!!」

残るもう一本のナイフは写し身の喉へ、防御した掌ごと穿いた。

流石に効いたか。刃渡り三十cm程のナイフは見事貫通していた。
女は大きくよろめいて二歩、三歩とたたらを踏んで後退する。背後には毒ガスが滞留する裂け目がぱっくりと口を開けている。
此方も両の脚を叱咤して、負けず劣らず傷だらけの身体を持ち上げ、ナイフを握り、構え直す。

「ネヴァ……いや、カーリー・レプタイル。貴様の……あんたのエリスはもう死んだよ。
カーリー共々エリザベートが殺した」

選ばれなかった分岐の先。来なかった未来を語る程虚しい事は無いが、それでも袂を分かつ事になった師の姿を前にして口にせずにはいられなかった。

「もしあんたが、私以外の子供達を見捨てさえしなければ……」

だが、裂かれた筈の喉笛からはくつくつと嘲笑が洩れ出していた。

「一人残らず死んでいたろうよ。
それでも良かったなどと、言ってくれるな」

喉を庇い、血に染まった手をゆっくりと下ろす。
首回りは勿論、白基調のミリタリースーツは胸まで赤黒く染まっていた。

「軍の犬に成り下がったお前は平穏を脅かす仇敵として私を捕え、拷問に掛けて嬲り殺し、その報酬として民衆からの支持を得た。
それが“エリザベート”を生む為に、お前が綴った物語。
だが、今こうして私がお前の前に立っていると言う事は……少なからずの未練があるのだろう?」

エリザベートは静かに目を伏せ、かつての記憶を顧みる。
しかして再び持ち上げた双眸には爛と殺気の灯火が光っていた。

「あぁ、後悔しているとも。
調整を誤った過電流で息の根を止めてしまうなど……私に仇なした敵に対して温い殺し方をしたと思っているよ。
あんたにこそ火を掛けて、焼き払うべきだった」

見えざる何かを喚ぶ様に、エリザベートはナイフを持つ右手を前に突き出す。差し出されたその手、その意志に応えるかの様に新たなる怪奇が喚び起こされた。

裂け目に滞留する硫化水素に火種でも撒かれたか。
突如として炎の噴き上がる谷が現れた。
例えこれが幻影だろうが構うものか。重畳、と口端を吊り上げる。

「今度こそ貴様を灰に還す。貴様の荼毘に付してやろう」

エリザベートは炎の谷を背にした女の胸ぐらを掴み、突き落とす。
だが、最期の足掻きか。内なる悪性の虚像は此方の腕を掴み、道連れを図ろうとする。

「飽くまで私を葬るか。
お前の本質に寄り添う者は遂に死に絶えるぞ。今度こそお前はがらんどうの器となり果てる。
お前は他者の都合によって作り上げられた偶像でしか無くなる。待っているのは喪われた自我の麻痺だ」

炎に焼かれ始める虚像が浮かべていたのは、飽くまで子を憐れむ慈悲の面。
だがエリザベートは踏み止まり、此方を掴む腕を切断した。残った手も谷へと放り捨てた。

「私はもう選んだんだよ、自らの意志で。
あんたの手はもう要らない。
私を充足させるものは既に有る」

虚像はついぞ諦めたか『そうか』とだけ応え、余りにも呆気なく炎の谷底に飲まれて行った。

エリザベートは踵を返し、炎を吐き出す谷からふらふらと離れ、少しも歩かない内に地に倒れ込んだ。
炎に巻かれた手では身体を支えられず、肘を立てて身を起こす。

「……あぁくそ、手酷くやられたものだ」

うんざりと独りごちて、地を這いずり周囲に放りっぱなしの上着と双銃を回収する。這った跡には点々と血が落ちていた。
直ぐには立ち上がれず、エリザベートは岩壁に背を預けて這い跡を眺め『なめくじの様だ』などと自嘲した。

─────

やがて陽はとうに身を隠し、空の色も深いものに変わっていた。
首を動かすのも億劫だが、何かの気配に顔を上げるとそこには赤毛の男が立っていた。
エリザベートは気が抜けた様にへらりと笑う。

「来たなら来たと、口で言え……まぁ丁度良かった。手を貸せ、自分で歩くどころじゃない」

「件のエーテルは見付かったのか?」

だらりと此方に伸ばされた手を引きながら尋ねると、エリザベートは軽く笑って『抜かりなく』と懐から結晶を取り出して見せた。
それは谷から噴き上がる炎と同じく。また、自らに力を見出し、引き出してくれたかつての師の瞳と同じく、猛る橙色を写していた。

「ん?回収した時は朱色だったんだが……。
これで一応この辺りの怪異は解かれたと言う事か?」

『恐らくは』とレイシェントは頷き、肩を貸してやる。
仰々しく傷が痛むだ何だと言いながらも、からから笑う横顔は風が吹き抜けた様に清々しい。

「……派手な色だな」

「ッふふ、私は好きだがな」

こなしたのは数多ある調査依頼の一つ。
何を見たかなど、然したる話題にすらならず。

仕事を終えた冒険者はいつもの様に、帰還の途に着いた。

─────

▼その後、エーテル灯篭流し会場にて

数多の灯火が川の流れに導かれ、ゆったりと流れて行くのを軍服姿の女がぼんやり眺めている。
上着のポケットから出ている方の掌には燃える橙色のエーテル灯。弄ぶ様に宙に放り、受け止め、それを繰り返す。

「……未だ痛むが、問題無く動かせる様になってきたな。調薬の腕は確かだったかあの陰険ヒーラー」

障害物の無い川辺は人で埋まっている。
他に場所は無いものかと、相変わらずエーテル灯を投げ上げながら歩き始めた。

「……この辺りで良いか」

穏やかだった川の様相が変わり始める辺りまで、知らず知らずのうちに脚を伸ばしていた様だ。
此処まで来ると、祭事の為に整えられてもおらず背の高い草が伸び放題に生えている。川の流れは草むらの向こうだ

エリザベートは灯火を持つ手を大きく振りかぶり、投げ上げた。
橙の光は放物線を描いて、灯は水柱を上げて水面へと吸い込まれた。

「……あんたの理想になれなかった私に、未練など持ってくれるなよ」

誰へともなく独り言ち。
投げ込まれた灯はぷかりと浮かび上がり、ゆらゆらと黒い川面を照らしながら流れていった。