再会

2020.DEC

cast:レヴィア、カルミラ

宿に着く頃にはすっかり夜は更けていた。
普段は多くの冒険者達で賑わうであろう食堂も、この時間では人は疎らだ。

取り付けた約束では、確か一階で待つと言っていた。
ぎこちなく、ほんの短い連絡事項の様なやり取りではあったが約束を違える様な人物ではない。
寧ろ、違えたのは此方か。
足取り重く、漸く着いたと思えば宵も過ぎた時間となっていた。

ぐるりと周囲を見渡すが、室内に目的の人物の姿は無い。奥へと進み、海に面したテラスへと出る。

「───あ」

食事を摂るでも、何をするでもなく。
中途半端に伸びた淡青色の髪の青年は腕を組み、端から見ればぼんやりと椅子に背を預けている。
月も無く、星が瞬き、漣の音だけが耳を撫でる。真っ暗な海を眺めていた。

テラスへやって来たものの気配に気付くと身じろぎし、首だけ回して此方を確認する。
小さく溜め息を吐くと、また海の方へと視線を戻した。

「まさか本当に、しかも一人で来るとはな。保護者は何をやっているのやら」

レヴィアと近しいあの両名、しかも元少将の方は尚更目を離すなどとは考えづらかった。

少女は暫しテラスの入り口で立ち尽くす。
目の前に居るのが嘘偽り無く、小細工も介さない素の侭の義兄であると解ると静かに歩みを進めた。

「……一応、置き手紙を。
でもエリザの事ですから、私が何処へ行ったかは解ってると思います」

「つまりは敢えて何も言わずに見送った訳か。良くできた保護者だな」

鼻で嗤い、一瞥をくれたものの、義兄は頑なに此方を見ようとはしない。
自尊心の高い彼の事だ。恐らくは一度崩れかけるも無理矢理繋ぎ止められた醜い様を見られたくは無いのだろう。

カルミラが座る席の真後ろのベンチに腰掛けると、背を見上げた。

「……まさか生きてるとは、思いませんでした」

「只の死に損ないだ。
いや、無理矢理魂を与えられ、今生に縛り付けられているに過ぎない。
醜悪、無様も甚だしい。到底生きているとは言い難い」

自己嫌悪の余りに憤慨する、と言うよりは余りに度し難い状況に陥り困惑し、苛立っていると言う方が正しいか。
何れにせよ、「生きてて良かった」などと能天気に両手を上げて喜ぶ気になどなれないのだろう。

「俺を嗤うなら、今を於いて他無いぞ」

「………」

此処に着くまでの道程はまるで鉛を提げたかの様に脚を引き摺って来たものだが、いざ義兄を前にした心境は、自分でも驚く程に凪いでいる。
冬の風に白波を立てる目の前の海とはまるで対照的に、だ。

「そうですね、あの時とは……随分と、いえ。何もかも変わりましたから」

何処か懐かしむ様に紫瞳を細め、膝の上で組んだ手を見詰める。
いや、ともう一度首を横に振ると顔を上げる。

「変えて貰いました。
沢山の人によって、痛みと、言葉と、力と……そして、意志で」

レヴィアの組んだ手から、微かに機械部品が軋む音。
捲れた右の袖口から覗くのは生身の肌ではなく、漆黒の金属光沢だ。それは少女が失い、また新たに得たものの象徴か。

少女を見下ろし、右腕を顎で指し示しながら問う。

「……それも、所詮は変化の一つに過ぎないと」

手袋を取り、厳めしい右腕を挙げると少し迷った様に眉を提げて苦笑する。

「これは……そうですね、代償だと思ってます。
私が何かの、誰かからの意志により、与えられた使命に生きる身体ではなくなった。
ただ一人の『人間』として、自由に選択し世界を生きる為の代償であり、証です」

この義手と共に与った言葉。
自らを光使いと定義して生み出した筈の男から与った、解放の言葉を自然と回顧していた。
この意図を察せない義兄ではないだろう。

「───総監」

少女の義手を見詰める紫瞳が虚ろに揺れる。仮初の心臓に一抹のわびしさが染む。
次に生まれる時には二度と縁を結えず、届かない場所へ行けと、最後に言葉を交わした事を思い出す。
そして、一つの憶測を芽吹かせた。

「……そうか、俺のこの流転は、作為や意図ではなく『願い』なのかも知れんな」

兄妹との間で分けた筈の使命はそもそも分けられるものではなかったのか。
願いに依って繋がれた──繋ぐことか出来る地に流れ、成就したとでも言うのだろうか。

「……俺としたことが、とんだ妄言を吐く様になったものだ」

余りにも『らしくない』。だが、流転の理由を結論付けるに値する仮説だと思った。

この男は光使いではなく最早ヒトですらなくなった。
だがそれは、人外に成り下がったと言う意味ではない。流転を経て、かつてからの全ての軛から解放されたと言う事だ。

自分にとっての解放があの言葉であった様に。

「私はあなたから『人としての生を全うする』使命を与って。あなたはあの世界から『願い』を与って自由を得た……そう言う事、ですかね。
だけど私は……私はどうすれば良いんでしょうか」

闇に塗り潰された先に在ろう海を見詰める。
何にも捕らわれない生き方とはこの漆黒の海を往く様なものだと、目覚めてから数ヵ月の間で実感している。

人としての自由を獲得した所で、互いに人並みの長さを生きられる訳ではない。
ピリオドを打ち損ね、その先をふらふらと惑っているに過ぎない。

「人としての余命を探し、沈まぬ様に精々[D:36384]くしかあるまい。今の俺たちは導の光を見失い、先も見えず。持ち得たとて正しく往く道など無いのだから」

迷ったところで、どうせそれすら道になる。
すると、後ろから小さな溜め息の気配に振り返った。

「……もっとああしろこうしろって、小言でも言われるものだと思ってました」

困った様に眉尻を下げて、しかし屈託無く「お兄ちゃん、案外無責任ですよねぇ」と笑った。

「悪いか、託す者はいつも一方的に身勝手を押し付けるものだ」

此方も皮肉ではなく、自ずから穏やかに笑みを浮かべていた。
やがて表情を改めると静かに立ち上がり、テーブルに立て掛けてあったライフルケースを手に取る。

「さて、お前がグズグズしていたせいでこんな時間だ。明日も依頼を入れているからな。俺は部屋に戻る」

此方の部屋は先に取っておいたなどと立ち去ろうとする背に慌てて声を投げる。

「本国の方には連絡しないんですか?
せめてユーリックさんやハル兄さんだけにでも生きてるって報せたら……」

カルミラは立ち止まり、溜め息混じりに義妹を振り返る。

「報せてどうなる。
この期に及んであの方達を困らせる気は無い。境界に赴く際にとうに別れは済ませている。
余計な事は考えるなよ」

義妹の気持ちも解らないではないが、既に永訣を告げた身なのだ。強い言葉で釘を刺す。
そして再び少女の新たな腕に視線を移すと、呟く。

「……健勝で過ごしておられるのだろう。それで良い」

踵を返して屋内に入り、振り返る事無く客室へ向かう姿を見送る。
姿が見えなくなると途端に途端にベンチにふらりと腰掛けた。
話している間は気付いていなかったが、思った以上に緊張していたらしい。

───と、通信器の明滅に気付いて取り出すと『用が無い時には連絡するな』と短く伝言が残されていた。
つまりは『用があれば連絡しろ』と言う意味か。解り易い意図に思わずほくそ笑む。

「……はぁい、判りましたよー」

交わした言葉は少ないが、兄妹の隙間を埋めるには充分であった。