兄の幻影

2020.OCT

cast:ゼクティス、レヴィア

森に仕掛けた罠や野営の片付けを終えて荷物をバックパックに詰めている。
だいぶ中身が軽くなったとはいえ、背に負うと重心を捉える迄に少々ふらついてしまう量だ。

南瓜を被せて回る時期も終わり、すっかり冬の気配に満たされた森を見回すが、先程から金色南瓜の姿は見えない。

呼び掛けても返事は愚か、今や気配すら感じない。

「あの、もう帰っちゃいますよ、私……」

もう一度、呼び掛けるがやはり返事は無く、冷えて湿った空気の森の中へと虚しく吸われてゆく。

先程まで生前とまるで同じ声と気配で共に居た筈の義兄がハロウィンの──此岸と彼岸を繋ぐと言う言い伝えとこの大陸が持つ性質がもたらした奇跡の一端であったとすれば。
もう言葉を交わす機会など無いのではないか。

例えあれが幻想の存在だったとしても、最後にもう一度だけ被り物を取った兄妹としての姿で話したかった。

故郷では既に永遠に叶わない事なのだから。
そう思うと鼻の奥か痛み、視界が滲んだ。

緑南瓜の被り物を取ると、袖で顔を拭ってから宿の方へと歩き始めた。丸めた背は、荷物の重さだけでは無いだろう。

真っ直ぐに宿の方へと進むと、目印に打ち付けられた杭に挿した南瓜のぬいぐるみがある筈。
あれも回収しなければ。
行き先をランタンで照らすと、緑色だった筈のぬいぐるみが金色に変わっている。

此処を通って何処かに帰って、或いは還ったのだろうか。
金南瓜を手に取ると、ぎゅうと胸に抱いて押し付ける様に顔を埋めた。

その時、後ろから枯れ葉を踏んで近付く人間の足音を耳に捉え、弾かれる様に顔を上げて振り返った。

「……悪ぃ、俺だ」

少女が胸に抱えた金南瓜と表情から、恐らく期待外れの相手だったろう。ゼクティスはばつが悪そうな顔で首筋を掻く。

「……あいつ、カルミラは?もう居なくなったのか?」

周囲を見回して訊ねれば、少女は無言で頷いた。自分が此処に来る間にも気配は無かったが、案の定か。
やれやれ相変わらず利己主義な、と嘆息。

此方も無言で少女に近付いて軽く肩に手を置いた。

「……大丈夫だ。多分コッチに居る限りあいつとはまた会える。
あれは一時的なもんでも、幻でも無ぇ」

カルミラが此方に流転した事実を黙っていた事を責められるのは覚悟の上。だが、それでも躊躇いがちに告げた。

「────!
知ってたんですか!ならどうして……!!」

思わず青年の服を掴んで声を上げるが、それは筋違いと咄嗟に唇を噛んだ。
言葉を交わす機会を充分にあったのに、それを意気地無くぐずぐずと先延ばしにして結局逃したのは自分の方だ。

地に落ちた視線を泳がせ、やがてぽつりと詫びた。

「……いえ、すみません……」

「いや、コッチも言っとくべきだったが、あいつから言うなって口止めされてたんだ。
その必要は無ぇとか言って。
一応俺なりに色々迷って考えちゃいたんだが……まさかあいつから来るとは思わなかった」

今となってはただの言い訳にしかならないが、首を横に振って弁明する。

余計な邪魔はすまいと今回はなるべく傍観を決め込んでいたのだが、此方に流転した事など重要な話を一切しないとは思わなかった。
一見ふざけている様にしか見えないが、思い出の儀式に確執や遺恨を絡めるのは野暮と思っての事だったのだろうが。

「……悪かった、黙ってて」

こんな事ならば自分も口を出すべきだったかと頭を下げた。

らしくもなく頭を下げる青年に声を荒げてしまった事を恥じ、ぶんぶん首を横に振る。

「いえ──いえ!……すみません、ゼクトはいつも色々考えてくれてるのに。
……それじゃあ、お兄ちゃんとはまた会えるって言う事ですよね?
そっか、良かった……良かったです」

再びぬいぐるみに顔を埋めると、時折くぐもった嗚咽を洩らす。
少女は肩を震わせ、何度も良かったと頷いた。

最早何を言うべきでもないか。
ゼクティスは南瓜に顔を埋めたままの少女の背を軽く叩いて、宿の方へと押し進めながら歩いてゆく。

(あいつも頑張った方なんだろうが、もうちょい……こう、なぁ)

あの面倒な性格の角がもう少し取れれば自分の気苦労も多少楽になるのだが。

木々が疎らになり、天上を仰げば視界一杯に星空が開ける。
この場にいない男の気難しさを思い、密かに細い溜め息を吐き出していた。