第三章 転換

どれ程の時間が経ったのだろうか。遮幕を取り去られる様に、レヴィアは何の前触れもなく目を醒ました。
視覚に飛び込んでくるのは見慣れない天井の壁模様。こうやってベッドに横になっていると言うことは恐らく何処かの宿であろうか。

「あれ、ここって……。ええと、何処、なんでしょう……」

どうやら随分と長いこと意識が無いままだったらしい、どうやって此処まで来たのか全く記憶がない。
聖都に向かっている途中で賊に出会したところまでは、何と無く覚えているのだが。
不意に、額に鋭い痛みが走る。ただの頭痛とは違う痛みだ。前髪を上げるとガーゼが貼られている。誰が手当てをしてくれたのだろうか。

「……ゼクトはっ⁉︎」

護衛の青年の姿が見えない事に気付き、バネ仕掛けの様に勢いよくベッドから半身を起こす。ふらりと視界が回るが、何とか堪えた。
何か手掛かりは無いのだろうか。机の引き出しの中や、クローゼットを確認するも中身は空。有るのは特に中身の変わらない自分の荷物だけで、備え付けの内線端末も不通だった。
青年は何処に行ったのだろうか。窓も無く、外の様子も伺えない。部屋の外に出てみようかとドアに向かおうとした時、突然ドアがノックされた。

「はっ、はい!」

もしかするとゼクティスが戻ってきたのだろうか。突然音をたてたドアに驚きつつ慌てて返事を返すと、間もなく開かれた。
ドアの向こうに立っていたのは、見知らぬ長身の男だった。
右側だけ後ろに流した灰褐色の短髪に、制服──軍服だろうか。青に金の縁取が入った長衣を羽織っている。

「えっと……あの、ええと……?」

見知らぬ来客にどう対応すれば良いのか、と戸惑う。
男は険しい顔付きで此方に視線を向けると、引き結んでいた口を開いた。

「君がレヴィア・セイン・ログリフィル君、だな。突然訪ねて来て早々混乱するだろうが、君を迎えに来た」

見目の険しさとは対照的に口調は穏やかだった。恐らくそう聞こえるよう語り口調を緩めるよう努めている、と言った方が正しいかも知れない。

「私を迎えに……? あの、あなたは?」

男はあぁ、と一呼吸置いて名乗った。

「申し遅れた。俺はソラージュ・ヘルディニカ。階級は……ああいや、君にとってはどうでも良いな。ここ聖都で軍属に就いている者だ。君を我々聖都軍の元で保護させて貰う為、共に来て欲しい」

「え、あ、あの、どうして軍の人が私を……?」

軍と言えば国家の警察組織だ。しかも世界の統括都市たる聖都に属するとなれば、自分の様な田舎都市出身の一般人にとって遥か遠い彼方の身分と言える。
この男個人に害意などは感じられないが、レヴィアは一気に緊張感を走らせる。

「詳しい事は追々説明するが……君のその力を必要としているのだ」

事務的ではあるが強制の意志は薄く、言い聞かせる様な声音だった。まるで、『抵抗はしないで欲しい』と頼んでいる様な。
恐らく、この男と共に行くより他に自分に与えられた選択肢など無いのだろう。そして軍属と称すこの男が迎えと言う事は、今回の召集令は軍からのものだったのか。
レヴィアは逡巡し、言葉に詰まりつつも「解りました」と静かに頷いた。
ソラージュもまたレヴィアの答えに安堵したのか、仄かに険が和らいだ。
しかし、どうしても一つ訊きたい事が残っている。思い切ってレヴィアは声を上げた。

「あの! 私をここまで一緒に来てくれていた人、あの人は……!」

ソラージュは「ああ」と合点がいったように頷くと続けた。

「此方が雇ったあの便利屋の事か。君の事を不用意に外部にもらされても困るので殆ど事情を伝えず護衛に当たって貰ったが……噂に違わぬ優秀な仕事振りをしてくれたからな。一応粗方の事情を説明して任を解いた。……済まんが、その後は判らん」

「そう、ですか……」

判らない、と首を振る男の言葉にレヴィアは肩を落とす。せめて最後にあの青年へ、一言でもお礼が言いたかった。些細な心残りと余りに呆気ない別れに、レヴィアは眼を伏せた。
いや、もしかするとこれで良かったのかもしれない。

「気になるか?」

「……いえ! 大丈夫です。行きましょう」

レヴィアは顔を上げ、笑顔を作った。
ソラージュはその返事に一つ頷くと、支度が整った後に声を掛けるようにとレヴィアに言付け、踵を返した。

濃紺の軍服の大きな背を目印に、駐車場を目指して舗装タイルに覆われた通りを進んで行く
『力を必要としている』などとと言われたものの、これからどうなるのだろうか。先の見えない事に漠然とした不安が胸中に渦を巻いていた。
そんな不安からだろう、何と無く来た道を一度だけ振り返った。
何処を見ても見慣れない。中枢都市と言うだけあって聖都は今まで見てきたどの街よりも先進的であり、計算され美しく整えられた街並みだった。
他都市暮らしの一般人は一生立入る機会すら無いであろう街。しかし生憎と、その街並みを素直に楽しめる気分にはなれなかった。

「──あっ!」

大通りに目を向け、思わず声が漏れる。
心臓が一瞬止まったかのような驚きと、続く高揚。
単調で無機質な景色と、雑踏の中に埋もれそうな程に距離は遠いが、他に見紛う筈もない黒服姿を見付けていた。
気を沈ませる緊張もどこへやら、すっかり綻んだ笑顔でレヴィアはその姿に両手を振る。それに応えるかの様にあちらも軽く片手を挙げたかと思うと、次の瞬間にはもう完全に人混みに紛れ見失ってしまった。
ほんの一瞬の邂逅。
だがそれだけでも、沈みかけた心を支え得るには充分だった。

「ありがとう、ございました。……ゼクト」

レヴィアは小さく、護衛してくれた青年の名前を呟き踵を返す。離れかけた青い軍服を慌てて追い駆けた。

——————

──六時間前。

ゼクティスはレヴィアを背に負った状態で、指定された場所である聖都第三入都ゲートの傍に辿り着いていた。
ジルバスから聖都に向かったならば、此処が一番近い入都ゲートとなるのだ。
本来なら陽はとうに高く昇りきっている時刻だが、空には淀んだ雲が立ち込めており、小雨を降らせている。その為、辺りは霧がかっている上に少々薄暗く、視界が悪い。
指定された場所に辿り着きはしたものの、肝心のレヴィアの引渡しの方法は伝えられては居なかった。
聖都へ入るにはある程度の〝資格〟が必要になる。それは聖都の居住ID、又は予め申請し発行された入都許可証の二点。
入都許可証自体の発行条件は一般的にそう厳しいものでは無いのだが、ゼクティスの様に身の上が曖昧な者にとっては厄介極まりない。何度か〝仕事〟で潜り込んだ事はあるものの、レヴィアを連れた状態で不要なリスクを発生させるのは避けたかった。入らずに済むのならそれに越した事は無い。
ゲートに常駐している警備兵に不審に思われない様、あちらからは死角となる古びたバラック小屋の陰からゲートの様子を眺めていた。
入都ゲートには都市外でも走行できる様に、耐久性能を強化された専用の装甲車輌が時折出入りしている。
聖都周辺は多少なりともアスファルトで舗装されており、道路の整備も少しずつ進んではいるものの聖都を離れればそう言う訳にはいかない。都市外で見られるのは、無骨なデザインの装甲車輌ばかりである。
首を回して背中のレヴィアの様子を伺うが、未だ目覚める様子は無い。
傷のせいか当初はうなされ、時折服を強くしがみ掴まれたりもしていたが今は落ち着いている。元よりその気は無いが、無理に起こしたくは無かった。
引渡しの対象が物であるならばこの場に置いて姿を眩ますのが常套。だが、ただでさえ依頼人の像も不明瞭な状態で眠ったままのレヴィア一人を此処に置き去りにして消える訳にはいかない。

「どうしたもんか……」

また依頼を請けた時の様に、相手から何らかの手段で指示がもたらされるのを待つしか無いのだろうか──そう考えた時である。

「なぁ、もしかして君が〝便利屋〟君か?」

気配など無かった筈の背後から声を掛けられ心臓が跳ねる。

(何だと──⁉︎)

即座に振り返ると、三十代くらいであろうか。ゼクティスさえ見上げるほど長身の男が、にこにこと人好きのする笑顔を浮かべて立っていた。

「お、やっぱ当たりだな。ってことはそのお嬢さんが例の……って、あれ? お休み中か?」

「『例の』って、あんたが、まさか……! しかもその服は……」

ゼクティスはこの男が突然背後を取って現れた事にも充分に驚かされてはいたが、何よりもその服装に驚かされていた。
青基調の配色に、ベルト装飾の付いた特徴的な制服──否、〝軍服〟を見て彼が何者であるかゼクティスは容易に察する事が出来た。
男は自身の纏う軍服を見下ろすと「ああこれな」と合点が言ったという様子で頷いた。

「そ、お察しの通り聖都の軍服。言っとくけどちゃんと本物だぜ?」

男は自身の軍服の前襟を掴んで態とらしく誇張して見せる。
ゼクティスよりも尚長身のその男は、聖都軍の濃紺の軍服を緩く着崩し、灰褐色の髪は適当に後ろに流している。
おおよそ軍人にあるまじきだらしのない格好だが、それが様になっている辺りそれがこの男のスタイルなのだろう。
まさかこの件の依頼主が、中枢都市である聖都を中心に秩序と正義の守護を掲げる聖都軍だなどとは。何かの冗談ではないか、或いは嵌められたのかと疑ってしまうと言うものだが、やはり紛れもない事実であるらしい。

「……おやぁ?」

男は何かに気付いた風に怪訝に表情を曇らせる。顎に手を添え、暫し此方の顔を無遠慮にじろじろと見詰めた侭「うーん」と首を捻る。
レヴィアならば兎も角、何故自分の顔など。居心地の悪さにゼクティスが思わず半歩後退ったとき、男がぼそりと呟いた。

「……この顔。やっぱり何か……、似てるんだよなぁ……」

「は? 顔?」

どういう事かとゼクティスは勿論聞き返すが、男は我に返った様に「ああ悪い悪い、一人言だ」と適当にはぐらかした。

「こんな所で立ち話も何だ、着いて来な」

「おい待て、俺は入都の許可証なんざ持って無ぇぞ。引渡しならココで……」

「大丈夫大丈夫だって。そんな心配しなくても、俺の顔パス。折角来たのにつれない事言うなよ」

「はぁ? ンな馬鹿な……」

後ろ手にひらひらと手を振りながら飄々と話す男に軽く目眩を起こしそうになるのを堪えつつ、ゼクティスは男に促されるままに後を追う。
軍服の形からしてもそれなりに階級が上の者なのだろう。案の定、本当に男が警備兵にあっさりと話を付けてしまうと兵士達の敬礼に見送られながら堂々と聖都の中へと入ってしまったのだった。

困惑しつつもゲートを越えると黒い乗用車が用意されており、ゼクティスに乗る様に促した。無論躊躇われはしたが、今更拒否した所で無駄である事は目に見えていた。渋々後部座席へ乗り込む。
都市外縁橋から各地区へ分岐するジャンクションを経て市街区へと入ると、車のハンドルを握る男はミラー越しに此方を見遣る。

「取り敢えずお嬢さんが休める様にどっか宿でも借りるかな。色々と話す事もあるしー……君も訊きたい事は山積みってとこだろうしな」

その提案により、三人は適当な宿を探して入る事にした。
軍服の男は道中にて〝カーライル・ヘルディニカ〟と名乗る。
この終止飄々とした態度の男が聖都軍の中でも特に勇名轟く将の一人である事に、ゼクティスは更に混乱を強めていたのだった。

 

そしてゼクティスは今回の件の依頼主であろう男、カーライルと共にレヴィアを寝かせている部屋の隣に居た。

 

「成る程、まぁ話は何と無く判った。俺に護衛の依頼を持ち掛けたのはあんたら聖都軍で、あいつ……レヴィアは軍の元で人為的に〝創られた人間〟って事か」

ゼクティスの言葉にカーライルは「案外あっさりしてるな」と苦笑を浮かべつつ応えた。

「あぁその通り。元居た研究施設で火災事故が起きて以来、十何年とずっと行方不明になっちまってたらしくてな」

「何と無く考えちゃいたが……裏に軍があったなら確かに納得だ。軍が絡めばそういう物騒な噂には事欠かねぇ」

歯に衣着せぬ物言いにカーライルは「言ってくれるなぁ」と愉しげに笑う。

「それでも軍は道徳や法の規範である以上は表だけでも体裁を保たなきゃならない。しかも彼女は軍内部でも一部の人間しか知らない極秘事項……。そう言う事情で下手にコッチの人間を遣わせるのも不味かったんだ。
だから回りくどいが、君みたいな全く外部の人間を使ったって訳さ。いや利用させて貰って悪かったな、便利屋君」

ベッドに足を組んで腰かけたカーライルは、わざとらしく人差し指を口に添え、悪かったと言う言葉とは裏腹に歯を覗かせて苦笑を浮かべた。

「別に、俺は俺の仕事をこなしただけだからな。あんた等の思惑なんざ知ったこっちゃ無ぇよ」

「ほぉ、そりゃ殊勝なこって。結構結構」

カーライルはやはりわざとらしく感心し、軽い拍手を送った。
外目は軽薄だが腹の底を容易には悟らせようとはせず、全くもって真意が掴めない男だ。敵対していない現状では害は無さそうだが、かといって気を許して良い相手ではないのは明白である。

「で? 結局何が言いたいんだよ。口止めのつもりなら充分口止め料は貰ってるつもりだけどな」

「なに、ちょっとした助言さ。まぁ解ってるなら話は早いがな。
こっちから利用させて貰ったとはいえ便利屋君、君は俺達軍の見られたくない裏っかわを覗いたんだ、仮に妙な気を起こせば……」

解るだろ?とカーライルは含みのある笑みを浮かべる。
ゼクティスは一つ溜め息を吐いて頭を掻くと、面倒そうに頷いた。

「俺なんか消そうと思えば簡単に消せるってんだろ? そのくらい自覚してる」

その様な事、言われずとも承知の上である。天下の聖都軍に反目するなど、余程の気違い者でも無ければ有り得ないだろう。
便利屋と言う仕事柄、表沙汰になれば不味い事案も少なくない。そんなゼクティスにとってもこれ以上不用意に軍に関わるのは切に御免被りたい所だ。
その辺り、先方も理解しているのだろう。先程から親しげに話しているカーライルであるが、ゼクティス自身の為人については触れようとしなかった。

「はは、まぁそう捻くれるなって。俺は君の事は割りと買ってるつもりだし、若い才能が摘まれるのは俺だって惜しい。お互いの為にも賢い判断をしていこうぜ。な、便利屋君!」

そう言ってカーライルは勢いをつけてベッドから立ち上がる。擦れ違い様にゼクティスの肩を力強く叩き、「それじゃあな」と後ろ手に片手を挙げ部屋のドアへと向かった。
話は終わり、と言うことなのだろう。
しかし、部屋を出かけた時「あ、そうそう」と何か思い出したようにカーライルが半身で振り返った。

「君が連れてきてくれたあのお嬢さんな。一応はうちで保護って事になるが……どうなるかなぁ」

「あ? どういう事だ?」

急に眉根を寄せ、渋い顔で歯切れ悪く話すカーライルにゼクティスは訝しげに眉をひそめる。

「あーっと……でも余計な事言うとまた俺がソラに……まぁ良いか。礼序でだ」

黒のグローブに包まれた手を額に添え、何やらぶつぶつと独り言を呟いていたが、此方に向き直ると内緒話でもするように声を抑えた。

「いやな、あのお嬢さんを保護するまでは俺らの管轄なんだが、その後は保護管轄が研究開発部に移るんだよな。
保護だけなら別に管轄を移す必要は無いはずなんだが……俺はどうもその辺、気になっててな」

「何だそりゃ、おんなじ軍の中なのに把握出来ないのか?」

ゼクティスは若干呆れ混じりに首を傾げるのに対し、カーライルは「大人の事情、色々あるんだよ」と苦笑混じりに軽く流した。

「まぁでも、軍の保護下に入るんだ。安全は保障されてるも同然。心配する事は無いと思うぜ。気になるんだったら数日後でもお嬢さんに面会してやったらどうだ? 君に懐いてた様だし、あの娘も喜ぶだろ」

だが提案にゼクティスは首を横に振った。

「俺の仕事は此処までだ、もうあいつとは何の関わりも無ぇよ」

素っ気の無い返しにカーライルは「それもそうか」と再び苦笑する。

「折角の聖都だ、少しはゆっくりしてってくれ。君の滞在の手続き何かはコッチでやっとくし、後で入都許可証もこの宿宛に発行しといてやるから、それだけはちゃんと受け取っといてくれよ。行動許可を出せるのは第一階層だけだが……滅多に来れる場所じゃないんだしよ」

カーライルはゼクティスに粗方の注意だけ促すと「それじゃあな~」とにこやかに手を振って今度こそ踵を返し部屋を出た。
しんと静まり返り、一人になった部屋でゼクティスは天井に阻まれた天を仰いだ。
これで良い。
後は己の知るところではない、これで漸く仕事が終わり解放されたのだ。
しかし、何かすっきりしない。
思考の隅に引っ掛かっている。
己の役目は全うしたというのに。
だがいつまでその理由を考えても、ゼクティス自身が答えを導き出す事は出来無かった。

——————

聖都軍のエリザベート・エンデュランスと言えば何よりも正義を遵守し、自身もそれを貫き突き進む事を信条とした為人だ。
不義があれば如何な相手であろうと、徹底的に正さんとする苛烈なまでの芯の強さを持つ。正義と秩序を司る聖都軍人の鑑の様な人物像であった。
歳は未だ二十代前半。女性として人目を惹く外見からは想像はつかないだろうが、ここ数年の実戦実績が高く評価され、つい先日の辞令で少将の位に就いた。
男女関係無く実力主義の聖都軍ではあっても、この昇進は異例も異例とあって彼女の名は瞬く間にちょっとした英雄的な扱いで世に知れ渡る事となった。
しかし蓋を開けてみれば、そんな階級は所詮お飾りとしてのものに過ぎず、謂わば軍の支持稼ぎとしての地位である。
広告塔、と言えば幾らか体裁は良いだろうが、何れにしろエリザベート本人にとって大層な地位や肩書きは何の魅力でも無かった。寧ろ己には不釣り合いだと煩わしささえ感じていた。
己が持つ義侠心へ尽くす忠の根源は、地位や名声を求める野心からではなかった。
密かに抱き続けている『功を立て、派生都市に住む妹同然の幼馴染を聖都に共に住まわせたい』と言う、細やかにして至上の夢さえ無ければ辞退も有り得ただろう。

エリザベートは今日の自身の仕事を終え、自室の途についていた。
お飾り少将とは言え昇進すれば無論、仕事は桁違いに増える。都外親権者の居住ID取得申請の作業は一週間前から滞ったまま。ここ数日は書類に向かってばかりで全く身体を動かせてもおらず、試さずとも鈍っていっているのを既に感じていた。

「この軍服も何とかならないものかな……」

エリザベートは自身の身に纏っている軍服に目を落とす。
かつて自身が身に纏っていた佐官軍服とデザインは通ずるものの、踝まで届く丈の長衣を羽織った出で立ちとなるこの将官軍服。当然と言えば当然だが兵装としての強度も持つ為、着慣れない身では肩の重みを感じる。
尤も、ずしりと来るこの重みは単に軍服のせいだけではないが。

「正直、窮屈以外の何物でも無いんだがなぁ……。肩が凝って仕方無い」

やれやれと溜め息混じりに呟きつつ、こきこきと首や肩を回す。すると連れ立って歩いていた部下の女性士官が熱っぽく応えた。

「何を仰有るのですか〝少将〟、非常に似合って御出ですよ! 以前にも増して更に凛々しくていらっしゃる!」

「そうか? 私は佐官の時の軍服の方がまだ動き易いし、融通が利くから良かったんだけどな。……にしてもだ。私が少将……将官、か……未だに実感が沸かないよ」

「いいえ。三年前だって少将が自らの身も省みず先陣をゆき、主力の魔物を征討したお陰で被害の拡大を止める事が出来たのです。その他にも実績は充分、下士官からの信頼も厚い。正にこれからの我々を率いてゆくに相応しい新星!
それなのに経験不足だなんだのと……私達としてはやっとといった心持ちです!」

彼女は部下とはいえもう数年の付き合いになる、気心の知れた仲だった。

「軍人として組織の中に組み込まれている以上、そこでの立ち位置と言うのは確かに重要ではある。だが、何も昇進だけが全てじゃないさ。私はただ、確かな意志と目的を以て事に当たってきた……持ち上げ過ぎだよ」

「もう、相変わらず高潔でいらっしゃる……。そんな事を仰有ってはまた慕う者が増えてしまいますよ」

「はは、君は相変わらず言葉が上手いな。君のお陰で明日も頑張れそうだ」

そんな風に他愛の無い会話を交わしながら、夕日の差し込む廊下を歩いていた。
その時、腕章の青色からして研究開発部の者だろう。軍服と似たベルト装飾の付いた白衣を纏った者が前方から四名程歩いてきていた。
その中に、ここには場違いな少女が一人。

(───⁉︎ あれは……いやまさか、馬鹿な!)

ふとエリザベートはその少女に既視感を覚え、瞠目した。心臓が、跳ねた。
俯いていて顔はよく判らないが、陽光を集めたかの様な金髪を持つ自分の幼馴染みの記憶に重なった。あの輝く様な髪色は、幼馴染の他に二人として出会ったことは無い。見紛うはずも無い。
だとしたら、何故こんなところに?
エリザベートは躊躇い無く、中でも年嵩の研究員の一人を呼び止めた。開発部の人間とは馴染みが無い為、名は判らない。
白い帽子を被った、見た目四十代程の研究員は一瞬驚いた顔をしていたが、同行していた他の部下らしき研究員と目配せを交わして先に行くようにと指示した。

「あの娘は何だ? 軍関係者でもないだろう、一般人じゃないのか。何故一般の者が貴方たちと共に此処に居る」

残った研究員は部下達を見送りつつ首筋を掻いていたが、エリザベートを振り返ると直ぐに厚い眼鏡の奥の眼を細め、人の良さそうな笑みを作った。

「あぁこれはこれは、エンデュランス少将であらせられましたか。御機嫌麗しゅうです」

「挨拶は結構、だが先ずは私の質問に答えて頂きたいな。あの娘は何だと私は訊いているんだ」

慇懃な挨拶に苛つき、エリザベートは問いを重ねる。年嵩の研究員は態とらしく「えーとぉ……」と首筋を掻きながら困った様に眉尻を下げ、愛想笑いを浮かべるとようやく応えた。

「申し訳ありませんが……あの子に関しての情報公開他一切の権限は私の上司が握っているものでして……私如きの一存ではお答え出来ないのですよねぇ」

言葉では己を卑下してはいるが、その裏には明らかに反目的な意志が透けて見えていた。
流れる一瞬の沈黙。
だがエリザベートは一部の表情も変えず、ただ一言「そうか」とだけ応えたのだった。
互いに置かれた立場は解っている。その上でこの返答であるならばこれ以上の追及は無意味だ。
研究員は「じゃ、失礼致します」と会釈をするとまた廊下を進み、エリザベートはその背が角を曲がって見えなくなるまで見送った。

「しょッ……少将にもお教え出来ないって、何なんでしょう! ああ気味の悪い、これだから研究開発部の人間は!」

「はは、聞こえるよ。それもそうだが、彼等だって馬鹿じゃない。私……将官クラスの権限であっても答えられない相応の理由が有ると言うことだろう。仕方無いさ」

「ですが少将に対してあの様な態度っ……!」

「礼はちゃんと弁えていたよ。……表向きはな」

部下が不服そうに愚痴るのを横目に苦笑する中で、エリザベートは胸中に焦燥感を渦めかせて思案していた。

(少し探った方が良いか……?)

エリザベートは心中にて頷いていた。

─────

「なんっだ、これは……」

その晩、エリザベートは自室の端末から軍のデータライブラリのロックを容易く破ってしまうと、とそこに記述された内容に愕然とした。
そこに、夕刻に廊下ですれ違ったエリザベートの幼馴染みの名も見付けていた。個人データに添付された顔写真を見て確信する。やはり自分の目に間違いは無かった。
未だ自分がサラトガの街に居た時、妹の様に思っていたレヴィアではないか。

「レヴィアが光使い……? 人造人間だと…⁉︎ 何て、何てことだ……冗談にしても悪趣味も悪趣味……ふざけるなッ……‼︎」

エリザベートが見付けたのは〝光使い〟の研究開発記録だった。
自分にも能力をひた隠しにしていたのか定かでは無いが、今の今までレヴィアを普通の──何処にでも居る少女と思っていたエリザベートにとっては、それだけでも充分過ぎる衝撃であった。
更にヒト型強襲兵器となり得る危険性──との文言でそこに書き列ねられてるのはおおよそ真っ当な神経を持つものならば眼を逸らしたくなる様な記述の羅列ばかりではないか。
最早道徳云々ではなく、人道を外れてしまっている。

「レヴィアが……あの誰より優しく心の清い子がよもや人殺しの道具だと……? 巫山戯てくれるな外道が! 認めん……認めるものかッ…‼︎」

込み上げる失望と憤りをぶつける様にエリザベートは力任せに端末に拳を落としていた。

「私は……私の忠誠は裏切られていたのか……。私が正義を以て生きるべきは此処だと、信じていたのに……!」

握り締めた両の拳は既に蒼白くなり、代わりに爪の食い込む掌には朱色が滲んでいた。
ようやくじわりと脳に伝わってきた掌の痛みで我に返る。一つの考えがエリザベートの脳裏に過り、はっと顔を上げた。

「このままではレヴィアは……」

現在の聖都軍は自分の様に声高に正義を口にし、体現する様な人物を取り立てようとする傾向があった。それは、過去の姿からの脱却を図るのと同時に、過ちを切り捨てる為だ。万一、レヴィアの力の所以が此処だと世に露呈したならば──。
それを踏まえれば、自らの内に取り戻した軍が彼女をどうするか。想像するのは容易く、可能性としても充分だ。
だとすれば、ここで独り憤っている場合ではない。エリザベートは矢も盾もたまらず軍服の上着を掴んで部屋を飛び出していた。

先ずはレヴィアと何とか一度面会をしたい所。だが、ただ行って『面会させろ』では先刻の研究員の態度を見る限り、良いところ門前払いであろう。
今、何も準備の出来ていないこの状態で要らぬ諍いを起こし漣を立てるのは宜しくない。
───さぁ、どうする。
勢いに任せたその行動こそ突飛ではあったが、頭の中の判断力は存外冴えていた。

常夜灯が灯る程度の薄暗い宿舎棟廊下を早足に進んで行く中で、エリザベートは考える。
(……駄目元だが、あの方に直接掛け合ってみるか……? 癖のあるお人だが……強行手段に出て不用意に立場を悪くするよりずっとマシか)

エリザベートは一つ頷くと、更にその足を早めた。
目指すのは技術研究棟。この速さで十分も歩けば着くだろう。

─────

やがて辿り着いたのは、無機質な銀色の扉が並ぶ研究棟の中では一際目立つ木製の扉の前。
時刻は既に二十三時を回っていたが、未だ中に人が居るのだろう。隙間から煌々と光が漏れている。
此処まで早足で歩き通した為に僅かに上気した息を深呼吸で調えてから、二度その扉をノックする。ややあってから「何方かな? 入り給え」との返事を聞くと扉を押した。

「失礼致します」

この部屋は高官に与えられる個人の執務室である。そして扉の真っ正面奥に設えた机に着くのは、この聖都軍附属の研究開発部を取り仕切る〝技術総監〟である。
見目は五十路辺りだろう。緩く纏められた白髪混じりの長い黒髪に、前髪から覗くアンティーク趣味な片眼鏡。
研究開発部の者ならば基本的に軍属研究員専用白衣に青腕章を着用するもの。だが、この男が纏っているのは兵装たる将官軍服に青腕章。しかも本来の聖都軍服は階級や役職関係無く青基調の配色であるが、その軍服は旧仕様である黒基調の配色である。
その出で立ちが彼の曲折した遍歴を物語っていた。

「こんな時間に誰かと思えばエンデュランス大佐……いや少将か、士官学校以来かな。珍しい来客もあったものだ。……で、ボクに何か御用でも?」

此方の入室に気付き、彼は向き合っていた書類から顔を上げる。深夜の来訪を訝しんだり警戒する様子は無い。常日頃のショートスパンな睡眠のせいで隈が癖付いている眼を細めると、男は薄く微笑んだ。

「いやぁ御無沙汰しておりまして……そして夜分遅くに申し訳有りません〝教授《professor》〟。あぁいや、正しくは〝ユーリック・エイレンフェレス技術総監〟……でしたか。ん、それとも〝エイレンフェレス中将〟……?」

研究部と軍事部の双方に席がある為、多い呼び名に惑って眉を潜めるエリザベートに「どれでも良いよ、好きに呼び給え」とユーリックは苦笑する。

「エンデュランス君の活躍はその気が無くとも耳に入ってくる程だ。何せその歳で将官、さぞや忙しく奔走していたんだろう?」

「ええもう全く分不相応なもので……プロパガンダですよ、ただの」

「まぁそう謙遜せずとも、君の能力が群を抜いているのは事実なのだから。百年に一度有るか無いかの逸材とも言われてるそうじゃないかね。この調子では、ボクの地位を飛び越えるのもそう遠くは無いだろう。
広告塔としての擁立も確かに有るだろうが、軍など独裁制でもない限り世論の支持無しにやってはいけない組織だ。お情けだと思って支持稼ぎ、乗ってやり給えよ」

「またそんな、他人事だと思って……」

雑談もそこそこに、ユーリックは眺めていた書類をばさりと机に投げると、唐突に「さて」と肘をついて両手を組み話を区切る。

「こんな時間にわざわざ世間話をしに来た訳じゃないだろう。さぁ、本題を」

ユーリックは此方に掌を差し出し本題を促す。
御察しですか、とエリザベートは苦笑混じりに一つ息を吐き表情を締めたものに改める。

「本日の夕刻、廊下で私の昔馴染みが此方の者に連れられているのを偶々見ましてね。
レヴィア、と言う娘なのですが……何処かに居るのならば久方ぶりの懐かしい顔に是非とも面会をしたい思いまして。こうして総監に直接お願いに上がった訳です」

「……あぁ成る程……意外だね、君と知り合いだったか。世間は狭いものだ……。で、申し出るならボクに言った方が手っ取り早いと」

「ご明察です」

エリザベートは飽くまで他意は無いと、一分も曇りの無い笑顔を顔面に張り付けて見せた。
この男に後ろ暗い物が無い筈が無いのだが、然して否定する訳でも無く動揺の様子も無い。椅子の背凭れに身体を預け、天井を仰いで何事か思案している様だったが、徐に机の引き出しに手を伸ばす。中を探ってから掌サイズのカードの様な物を取り出した。
そしてラップトップに接続されたカードリーダーに差し込むと、慣れた様子でキーボードを叩く。デバイスから発せられた小さな電子音を確認すると、ユーリックはカードを引き抜き此方へと差し出した。
これは軍基地内の各部屋の施錠によく使われているカードキーである。
技術開発部の統括がこのユーリックに代替わりして以降、職員一人一人の立ち入り可能範囲が細かに設定される様になったらしい。無論、各々の業務には支障が出ない様に必要とあれば簡易的な申請を端末から送信すればユーリックが逐一確認して承認を下す。
面倒と思われるシステムだが、機密の漏洩を守る基本策。そして、カードキーを持つ職員ら全ての行動範囲を記憶しているのは最高責任者であるユーリックただ一人だけだった。

「ボクの認可を通してある一回限り有効な鍵だ。好きな時に面会すると良い」

「は……宜しいので?」

余りの気易さにエリザベートは思わず拍子抜けしそうになる。

「済まないが彼女の事は此方の特秘事項。何を質問されたとて、ボクから君へ話せる事は無い。が……かといって別に幼馴染みの面会を拒むなど野暮な事もしないよ」

「特秘事項……」

「そうだ。優秀な軍人である君ならば、その扱いは判っていると思うがね」

その言葉は譲歩されていると同時に、『何故』は受け付けないとの此方への牽制であった。
物品であれ文書であれデータであれ、閲覧権限の無い者であるなら対象に取るべき対応は『当たらず触らず見ない振り』が言わずもがなの暗黙の了解。所謂Need to knowの原則だ。
ユーリックの表情を窺うと、やはりその灰色の眼は笑ってなどいなかった。

「無論、弁えていますとも。これは有り難く頂いて行きますよ」

「あぁ」

エリザベートは軽い溜め息をつくと差し出されたカードキーを受け取り踵を返す。
扉を開きかけた所でふと足を止め、「あぁそうそう」と首だけ男を振り返った。

「夜更かしは御身体に障りますよ、総監。早目に休まれて下さい」

「ふふ、それはまぁ……〝お互い〟に、かな」

端から見れば穏やかだが、何処か含みのある声色。泥濘に足を取られる様な心持ちにエリザベートは若干の寒気を覚えるが、何とか澄まし顔を貼り付けたまま執務室を後にした。

(やはり、食えないお人だ)

あの様子では、大方データライブラリへのハッキングにも勘付いているのだろう。
少女の幼馴染である自分を利用する為か。何れにせよ、折角得た機を逃す訳にはいかなかった。

——————

日付は変わり、また時刻は夕刻を示していた。
聖都軍本部の研究棟の一室。無音にして無彩色で殺風景な部屋の中、レヴィアは寝台の上でただぼんやりと、何をするでもなく膝を抱えていた。
此処に来て早々、様々な身体検査を受けた為に服装は真白の病人着のままである。

「疲れた……」

思わずそんな言葉が口を突いて出てくる。
精神的にかなり削ぎ落とされてしまったのは事実。しかしゼクティスとの聖都までの道中の方が余程体力を使った筈。それでも疲れなど然して感じなかったものだが。気の持ち様とは、不思議なものである。
こうして縮こまっていると、徐々に記憶の底に鍵をつけて仕舞い込んだ幼い頃の記憶が嫌がおうにも引っ張り出されてくる。
物心つくかつかないか。それほどに古い思い出だが、断片的に映像がフラッシュバックされる。
かつて、今この状況と全く同じ様に殺風景な部屋で実験に怯えて膝を抱えていた事。冷たい培養槽の内側から歪んだ景色を見ていた事。
どれもこれも、何もかも、出来ることなら思い出したくなど無かった記憶ばかりだ。
こんなものは気のせい、ただのまやかしだとも思いたかった。せめて人間で在りたかったが、あの黒軍服の男から語られ説明された身の上を聞いた以上は、それも無理な事だ。
話を聞く内に血の気が引いてゆき吐き気を催した為、黒軍服の男との面談は一旦打ち切られた。
聖都に召喚された理由など自分の光使いの力に絡んだ理由だろうとは何と無く察してはいたが、自分が光使いたる所以を思い出した今、到底未来に希望を見出だす事など出来はしなかった。

「そうですよ。そもそも、人じゃあ無かったんですよねぇ……」

右手を目の前に拡げると、僅かに像が薄くなる代わりに黄金色の光が滲んだ。
かつてこの自身に宿る光を見ては、この光の様に誰かの心の暗い部分に添える人間になりたいと密かに憧れたものだが、それも過ぎた願いだったのだろうか。
所詮は正真正銘の作り物、人の紛い物なのだ。

「人間に似た、ただの……人間モドキ、ですか」

それが人と同値に扱われ同等に生きるなど、滑稽ではないか。
直接的な言葉で人格を否定された訳ではない。だが、呈された真実の前にはその様に考える事しか出来なくなっていた。

「……こんな事なら、なにも知らないまま──」

レヴィアはもう何度目かも判らない溜め息を吐いて、抱えた膝に顔を埋めた。

突然ドアの錠ががちゃりと外れたかと思うと続くノックの音、投げられる声に思わずびくりと心臓が跳ねる。

「面会だ、失礼するよ」

女性だろうか、静かだが凛と通る声だ。此方が応じるより早く、部屋の扉が開いた。
入ってきたのは研究員ではない。やや茶色掛かった金髪を高い位置で結い上げた女軍人だった。
彼女は此方を見上げる呆け顔のレヴィアを認めると、鋭い雰囲気から一変。「やぁ、久し振りだな。元気だったか?」と知った風に柔く笑いかけた。

「えぇと……」

誰だっただろうか、上手く顔と名前が出て来ず言葉に詰まった。そんなレヴィアの様子に、女軍人は苦笑する。

「フフ、思い出せないか。かれこれもう六年会ってないし無理も無いな。エリザだ、覚えてないか?」

エリザ、と小さく反芻する。それで漸く彼女のことを思い出し、驚きに紫眼を見開いた。
六年前当時はさっぱりと短く整えられていた金髪がよく似合う、ボーイッシュな少女であった。聖都軍への正式採用が決まったと、真新しい軍服を纏った初々しい姿を見てそれきりだ。
それが今や、一将校として有り余る風格を纏っている。伸ばした金髪も相まり、女性としても成長した姿は同性でさえ魅力的に見えた。

「え、エリザって……あの…!」

漸く気付いたレヴィアの様子に、エリザベートは喜ばしそうに破顔し、大きく頷いた。昔よく一緒に遊んでもらっていた幼馴染みの登場に、レヴィアは思わずエリザベートの胸へ飛び込んでいた。

「はっは、大きくなったな! まさかこんなところで再会するとは思って無かったが……会えて嬉しいよ、レヴィア!」

「私も、私もですエリザ!」

暫し六年ぶりの再会を懐かしんだ後、エリザベートは声を抑えつつ早々に本題を持ち掛けた。
律儀なのか、単に信用させる策か。部屋の監視カメラや録音は此方が手を出す前に切られていた。

「何故此処に来たかはこの際置いておく。レヴィア、お前は此処に居るべきじゃあない。
出来る事なら私はお前を此処から逃がしてやりたいと思ってる。軍に追われる事になってしまうだろうが……安心しろ、勿論その時は私も一緒。お前が酷い目に合うより万倍マシだ」

軍の所業を知った以上、命を弄ぶ不条理の中に幼馴染みを放置する事など出来なかった。
しかし、エリザベートの意に反してレヴィアは首を横に振った。

「だっ駄目です、そんなことしたら今度はエリザが危ない目に遭うじゃないですか! そんなのは……もう嫌なんです! 私の為にエリザが傷付くくらいならっ……私はここに、残ります」

幼い時分より変わらない、人想いの出来るレヴィアのこの反論は予想内。生憎と毛頭訊く気は無かったが、余りに鬼気迫るレヴィアの様子にはエリザベートも流石にたじろいだ。

「……何かあったのか?」

「……ここに…聖都に来るまでに、私の護衛として一緒に来てくれた人が居るんです。
……仕事だから、ってその人は言ってましたけど……私のせいで怪我したりして……。でも、私はいつも見てるだけで、何も……出来なくて」

込み上げる自責の念に皆まで話すに至らず、レヴィアはそのままぎゅっと口を噤んでしまった。
成る程な、とエリザベートは静かに頷いたが直ぐに鋭い眼でレヴィアに向き直る。

「レヴィア、お前はとても優しい子だ。その考えはよく解る。だが勘違いしてはいけない。
生きていてただのの一度も他人に迷惑を掛けない人間なんて居ない。
今お前が話したそいつも、お前を守る仕事を受けたって言うのならその程度、覚悟していたはずだ」

それに、とエリザベートは更に続けた。

「これは私の信条を守る為の我儘でもある。すまないが、こればかりは譲れそうも無い。意地でも我を通させて貰うつもりだ」

そう言うとエリザベートは不敵に唇の端を上げた。

「エリザ……」

「それとも、お前は此処に留まって軍の使い捨ての道具としてただ家畜の様にむざむざ飼い殺されるのを潔しとするのか?」

尚も答えを渋るレヴィアの肩を掴んで、エリザベートは静かに、だが強く語りかけた。
暫し強く拳を握っていたままだったが、やがてレヴィアはぐっと歯噛みし、消え入りそうな掠れ声で、「いやだ」と一言だけ呟いた。
迷いはあった。だが、自分の中にある〝人として生きてゆきたい〟と言う細やかな希望を自覚してしまった以上、潔くそれを投げ捨てる事も出来なかった。
その望みさえも否定してしまったなら、今まで自分は何の為に生きてきたのか。それすらも水泡に帰してしまう気がしたのだ。
エリザベートはその応えに確と頷くと、レヴィアを両の腕の中に抱き締めた。

「約束するよ、お前を頭の腐った連中の道具なんかにはさせやしない。私を信じてくれ、レヴィア。私にとってはお前こそが希望の光なんだよ」

もう返事は返っては来なかったが、代わりに漏れだした小さな嗚咽をエリザベートはただ聞いていた。

——————

レヴィアとの面会から二日後、エリザベートは単身にて聖都第一階層内の東市街区に赴いていた。様々な店が軒を連ねる大通り、変わらず多くの人で溢れている。
この日は暫く振りひ非番を取っていた。いつもの濃紺の軍服姿では悪目立ちしてしまう為、当然ながら今日は私服だ。

「はてさて、意気込んで出てきたは良いものの何処をどう探したものか……皆目検討が付かないな……」

通りの端に立ち往生した侭、彼女は腕を組んでうーんと唸る。
エリザベートはある人物を探していた。
しかし闇雲に探そうにも此処は世界の中枢都市たる聖都。市街区だけでも一周すれば数日掛かる程の面積がある上、外見的特徴以外に手掛かりは無かった。そもそも未だここ聖都に留まっているかも定かでは無いのだ。
この条件下でたった一人を見付け出すなどどう考えても至難の業。やはり我ながら無謀だったかも知れない。

「〝ゼクティス・ヴィルヘルム〟か……上手く引き込めれば使える駒になりそうなんだがなぁ」

そう、エリザベートが探していたのはゼクティスだった。
レヴィアとの面会時、少女と共に聖都に来た便利屋の青年の事をエリザベートに話して聞かせたのだった。
直感的にエリザベートは彼が扱い易い人材であると悟り、あわよくば彼を見付け出し協力を仰ごうと判断したのだ。便利屋ならば後々面倒な事になっても対処は容易い。
彼が捕まればどうにでも丸め込める自信はあるものの、先ず何より接触出来なければどうしようもない。
入都ゲートから最も近い東市街区に一応の目星を付け、唯一の当てであったレヴィアが居たと言う宿にも足を運んではみた。しかし彼の姿を捉える事は出来なかった。
無謀なのは多少なりとも承知の上であったが、やはり早計だったか。踵を返しかけた時、目の前を通り過ぎる黒い姿に眼が留まる。

「ん……、黒服?」

咄嗟に顔を上げ、そのまま離れて行く姿を眼で追う。
単に黒服と言うだけならば気にも留めなかったろう。だが、無造作な黒髪に足首迄隠す黒の長衣、そして何より目立つ三連の飾り刃の付いた漆黒の大剣。黒、黒、黒で統一された後ろ姿は雑踏の中に在っても存在を浮き上がらせていた。そして何よりレヴィアから聞き及んでいた青年の特徴と見事一致していたのだ。
考えるまでもなく、エリザベートはその後を追っていた。そして青年の直ぐ背後に追い付くと、遠慮無しに思い切り右肩を掴んで引き寄せた。
不意に後ろに引かれたことで青年は仰け反り此方を不快を露に振り返る。

「ちょっ……何なん……!」

「お前〝ゼクティス・ヴィルヘルム〟だな?」

「……は? いや、まぁそうだけどよ……誰だあんた」

訳が判らず青年は呆け顔。青い眼を見開きつつも、取り敢えず首を縦に頷いた。
どうやら天は此方に味方してくれているらしい、エリザベートは不敵に笑みを浮かべた。

「不躾で失礼、ちょっと私とデートでも如何かな?」

─────

「聖都のデートスポットってのは、随分陰気な場所がトレンドなんだな」とわざとらしく大仰に、嫌味な口調でゼクティスは一人言を呟いた。

「ああそうとも、男女が秘め言を交わすにはうってつけだろう?」

「……火薬の臭いさせてる様な女は趣味じゃねぇんだけどな」
市街区の片隅より更に奥まった路地。おおよそ人目に付かないであろう場所に移動し、エリザベートとゼクティスの二人は談を交わしていた。

「はぁ……それで? あいつを外に逃がしてやるのに俺に協力しろってか? 軍からしてみりゃ所謂御謀反になるんじゃねぇのか? 軍属の癖に奇特な事考えるんだな、あんた」

「ま、早い話がそうだな。ふん、謀反上等だ。軍に義理はあるが、物事には優先順位がある。勿論、あの娘の方が上だ」

事も無げに頷くエリザベートに「冗談じゃねぇ」とゼクティスは有無を言わさず突っぱねる。

「確かにあいつ……レヴィアを聖都まで送り届けはしたけどな、俺の仕事はそこまで。悪いが、それ以降の事に関わるつもりは無ぇよ。
幾ら金を積まれたとしてもリスクがでか過ぎる。まるで割りに合わねぇ」

気易く要らない首を突っ込んでしまえば面倒に巻き込まれ、あまつさえ命を晒す羽目になりかねない。
ゼクティスの過去の経験則上、それは痛いほど身に染みて判っていた。その経験から、これ以上の干渉は不利益しか無いと第六感が警鐘を鳴らしていた。
そうでなくとも聖都軍を敵に回すなど、馬鹿げているにも程がある。

「やれやれ、女性が助けを求めているというのに冷たいな」

言葉の割に落胆の様子は無く、エリザベートは態とらしく肩を竦める。

「あぁ何とでも言ってろ。コッチも慈善事業してる訳じゃあ無いんでな。ある程度仕事だって選ぶ。話がそれだけなら俺はもう行くぜ。無駄足踏ませて悪かったな」

ゼクティスが場を離れようと踵を返した時、突然彼の衣服のポケットに納めている携帯端末が振動と共に短い通知音を鳴らした。
平素より人付き合いが希薄なゼクティスの携帯端末からは鳴ることなど先ず無い音に訝しみつつ、端末を取り出して開く。
ディスプレイには、一件のメール受信通知。
文書ファイルが添付されてはいるものの、題名も本文も空白。しかも発信元は暗号化されており特定されないようにしている。
まさか、とゼクティスは直感的に不穏を悟り、咄嗟にエリザベートを振り返る。彼女は素知らぬ顔で「どうかしたか?」と軽く笑んでみせた。
やたら整った笑みのせいで、嫌な予感もより明確なものになる。
物凄く、見たくはない。が、今ここで確認しておかねば取り返しのつかない事になる気がする。ゼクティスはいよいよ覚悟を決め、だが恐る恐る文書ファイルを開いた。
──が、数秒も画面をスクロールさせない内にゼクティスは壊れんばかりに思いっ切り端末を閉じた。

(なんっ、だコレ……‼︎)

全身の血液が温度を失う錯覚に襲われ、噴き出した冷たい汗がうっすらこめかみに浮かぶ。
そこにあったのは、彼にとって表沙汰になれば非常に宜しくないものばかり。
不意にぽん、と軽く肩を叩かれ、思わず心臓が跳ねる。ぎこちなく首を回して振り返った。

「いや、交渉というのは互いに平等な立場で交わすのが本来あるべき形なんだろうが生憎と此方はそんな余裕が無いものでな。
申し訳無いが、予めちょっとお前の素性を探らせて貰ったんだ」

踵を鳴らしてゆっくりと歩み寄り、背後から囁きかける。
先程のものとは打って変わって、秩序と正義の聖都軍高官とは思えない程におぞましく悪辣な笑みを湛えたエリザベートがゼクティスを精神的に追い込んでゆく。

「ま、今見せたのは私が握っている資料のほんの一部だ。それらを然るべき場所に提出してやればお前を鉄格子の向こうに放り込む、なぁんて……造作も無いだろうなぁ。そもそも、その名前だって御丁寧に偽名だろう?」

「な、んでっ……んな事まで!」

戸籍謄本と照らし合わせれば簡単さ、とエリザベートは事も無げに言ってのける。
だが口で言うほど戸籍の偽造や詐称が簡単なものでは無いし、偽造された戸籍が正規のものであるかを検証するにも相当の手間暇が懸かるのはゼクティス自身がよく知っている。
たった数日間で自分を脅し上げる為だけに用意した資料とは思えない程の周到振りである。
当の彼女は涼しい顔をしているが、如何にエリザベートが本気で此方の手綱を取ろうとしているかを思い知る。
資料の内容はこの際重要ではない。
これは「お前に逃げ場は無い」と言う、彼女からの明確なる警告。それを刃の切先よろしくゼクティスの鼻先に突き付けられているのだ。

「しかしよくもまぁ、今まで表沙汰にもならずお縄にならなかった事だ。まぁ、我々警察組織としての怠慢も認めざるを得ないが……その小賢しさだけは誉めてやろう」

「あ……な……なっ……!」

動揺窮まった思考では言葉選びも儘ならず、只々口を戦慄かせるばかりであった。
しかし、此処まで身元を洗われてしまっては今後の進退に多大な悪影響を与えるのは必至。この女には何としてでも口を塞いで貰わなければならない。
刹那の判断を下し、ゼクティスは歯噛みすると即座に背に手を回した。
背負う大剣の鞘の裏側、死角に隠した近接戦用のサバイバルナイフを取り出すと躊躇い無くエリザベートの喉元に突き出す。が、唐突にぴたりと刃が止まる。
威嚇では無く、その侭喉を斬り裂いて完全に仕留める腹づもりだった。しかしそれが出来なかったのだ。
逆に此方の喉元には、鈍く光る銃口が向けられていたが為に。

「おいおいおい……お前と私の得物では、命を獲るのはどちらが速いか……判らないお前じゃ無いだろう?」
「……クッ……」

彼女が背負う肩書きは伊達では無かったか。それに得物の相性が悪い。此方に分が無い事は歴然。
不敵に嗤うエリザベートとは真逆に、ゼクティスは苦々しく表情を歪めると諦めた様にナイフを下ろして再び背に仕舞った。

「……いい子だ。流石だな、一切躊躇が無かった。久々に肝が冷えたよ」

青年がナイフを完全に収め、両手を空けるのを確認するとエリザベートもまた、銃をくるくると回すと脚に隠されたホルスターに仕舞う。

「……ッそもそもだ、一体何処で…こんなッ……! つか汚ぇぞあんた、脅迫じゃねぇかこんなもん!」

「脅迫? 脅迫だと? 解ってないな。脅迫とは同等の立場でのみ交わされるやり取りさ。
私の手の内にそれが有る限りどちらが優位に立っているか判らないほど鈍くは無いだろう? それに使えるものは全て使う、籠絡の為に手を尽くす。あって然る、自然な事だろう」

エリザベートは形だけの笑顔を顔に張り付けて、更にゼクティスに詰め寄る。

「さて、以上を踏まえた上で今一度お頼み申し上げようか。便利屋。──四の五の言わず、私に〝使われて〟くれるな?」

翠の眼に宿る剣呑な光は、言葉無くとも最早青年の反論を一分たりとも許さない。獲物を捉えて放さない、正に鷹の目である。
今更ながらに、目を付けられた相手が悪過ぎたと痛感していた。
もう、腹を括るより他に選択肢は無い。
ゼクティスは思わず天を仰いでいた。

「何ッて厄日だよ……」

─────

半ば強引にゼクティスの同意を得たエリザベートは早速時間が勿体無いとばかりに、いつ用意したのか、フェイクのIDカードと軍服をゼクティスに寄越し既に頭の中で組んでいた段取りを彼に伝えた。
ゼクティスが聖都に着いてから未だ三日程しか経っていない筈、エリザベートの周到さに驚きつつも次々伝えられる内容を頭に叩き込んでいった。
作戦としてはエリザベートが軍基地内——研究棟方面の動力システムを一時的に落とし、セキュリティを麻痺させた隙に乗じてレヴィアを連れ出すと言う、シンプルながらも随分と大胆なものだった。

「……作戦にしたって大雑把過ぎやしねぇか?」

「事細かに考えた所で結局重要なのはその時その瞬間の判断だからな、曖昧な位が丁度良いんだ」
「あんたホントに軍人かよ」

「私にとって戦いなんてのは本能でやってる様なものだ。いざ戦闘になれば最善解など容易に出せるが、それ以外では……どうもな。
遅かれ早かれどうせおたずね者になるのは変わらないんだ。諦めて働け」

「あーハイハイ……。……ソレでよく少将なんて勤まるもんだ」

「何か言ったかな?」

「ハイ、がんばります」

そう言う訳で、セキュリティは作戦の内容よりも専ら基地内部の地図を記憶するのに集中していた。
「それにしても……」とゼクティスがぽつりと呟く。

「いくら幼馴染みとは言え、なんだってあいつにそこまで入れ込むんだ?
噂までだが〝聖都軍のエリザベート・エンデュランス〟って言やぁ冷酷無比の殺人狂。人の貌《かたち》をした闘神なんて風に聞いてたんだけどな」

「おやおや……まるで化物の様な言われ様だ。メディアの印象操作も当てにならないなぁ」

しかしエリザベートはそんな物々しい謂われ様を然して気にもしていないのか、軽く鼻で笑う。
彼女は今でこそ〝エンデュランス〟という姓を名乗っているが、元々家名すら持たない孤児であり、幼い頃は度々起こる都市間の小競り合いの戦争に駆り出されていた少年兵の上がりである。
レヴィアもそうであった様にこのご時世に孤児など珍しくも無いのだが、彼女の場合孤児となった所以はその性質にあった。
天性としか言い様の無い冷酷無比な加虐性を生まれ持ってしまっていたのである。
つまり、生まれながらの化物。彼女に倫理は根付かなかった。
両親は早々に手に余ると判断し、彼女が民兵組織の元へ連れ去られる事を敢えて見過ごした。
子供とは言え、戦場に於ける彼女の実力と残虐性は他を震撼せしめるには十分過ぎた。
だがそんな日々も彼女が十三歳の頃に軍の取り締まりを受けた組織の崩壊により唐突に終わりを迎えた。その後は、然るべき保護団体の元で〝普通の暮らし〟を学び直す事となったのだ。
しかし幼少期から常に戦う為に生き、数多の人の生死に深く関わっておきながら特定の人間飲みに対して情を持つものなのだろうか。

「そりゃあいつは度が過ぎる程のお人好しではあるんだろうけどよ」

「あぁ、そうだろう。〝良い子〟ではあるんだよ。そうでなければ孤児院では暮らせなかったからな。だが私がレヴィアを気に掛けるのは、ただ可愛らしい良い子だからと言う理由だけではないんだ」

ゼクティスの言葉にエリザベートは苦笑する。

「私はな、人を殺める事に何の抵抗も無い。寧ろそれに喜びを見出だしてしまう性質の人間だ。特に子供の頃はその性質が顕著でな、殺人衝動を抑えるのには苦労したものだ」

まるで他人事の様に語られるエリザベートの話。

「理解出来ないだろうがな……楽しくて仕方が無いんだ。
刃を肉に突き立てる瞬間の手応え、感触、噴き出す血の色に耳に擦り付けられる様な叫び声が子守唄の様に心地良い。酷く安らぐ。何度も何度も、刺突する度に瀕死の筈の身体が跳ねるのがとても愉快だ。
そして……何と言っても命が尽きるその一刹那、美酒を呷るが如くに陶酔せずには居られない。……そうだ、私に備わる感覚は何もかも根底から狂っているんだ」

通常人には余りに度し難い悪性。社会的に不適格なこの性質を内に抱えたまま生きるのは容易では無い。
それを覆い隠せるだけの、丸め込めるだけの精神的な依代が自分には必要だった。

「……それが、あいつって訳か?」

「そうだ」とエリザベートは一つ頷く。

「レヴィアと初めてあった日かな、私は周囲に馴染めず一人で居たところにあの娘が現れて……ってまぁ行き倒れていたんだが。そこを魔物に喰われかけたところを助けたんだ。
〝衝動〟だ。何も考えずに、初めて〝自分ではなく他人を守る為〟に動いたんだ。あの時は自分自身に驚いたものだ。
当時の私ならばわざわざあの娘を助けずとも餌にして己へのリスクを回避して魔物をなぶり殺していただろう。寧ろ喰われる様を見て、手を叩いて愉しんだろうに」

「えげつねぇ……」

「それまでずっと戦場生活だったし、私の感受性はそれを楽しいと悦んでしまう。生物が本能に抗えるものか」

今までの自分からは考えられなかった行動に驚きはしたものの、エリザベートは確信したのだ。
レヴィアを守る事が己が狂気を飼い慣らす為の枷になるのではと。ならば、何としても失うわけにはいかない。今後自分が真人間の皮を被って真っ当に人生を歩む為に。

「こんな事、あの娘には勿論言ってはいないが、今の私の理性も正義観もあの娘の存在あってのものだ。あの娘の存在無くして今の私は存在しない。
だから私は何に於いても、自分の意志を守る為にレヴィアを守ってやると心に決めている」

だが、ゼクティスはどこか皮肉っぽく鼻で笑う。

「何だ、結局は自分の為って事かよ」

「何を言う。人間、自分の利の為に動く時が一番真価を発揮出来るものだろう?」

「確かにな。違い無ぇ」

そう言うとゼクティスは開いていた見取り図を閉じ、立ち上がった。空は既に夕闇に染っている。
自分には彼女にとってのレヴィアの様に、全てを擲ってまで戦う理由など持ち合わせていない。
在るとすれば、依頼された仕事は全うすると言う便利屋としての意地くらいなものか。せめて見出した動機くらい、捨てずに全うしなければ。

「じゃあ、あんたのお姫様の奪還作戦、開始といくか」

ゼクティスはエリザベートに互いに目配せを交わし、頷き合った。

─────

ゼクティスはエリザベートの手筈通り、用意された借り物の軍服を纏い、偽造IDカードを使って軍基地に潜り込んでいた。
彼女とは既に別行動を開始している。今頃エリザベートは基地内の動力システムを一時的にではあるが、停止させる為の準備をして待機している筈だ。
それにしても、この場限りとはいえ普段縁の無い制服、まして軍服を着るなど窮屈極まりなかったが文句を言うわけにもいかない。これも仕方ない事と溜め息混じりに癖の有る黒髪を掻き上げると軍帽の中に巻き込み、更に目深に被り直した。
変装など潜入の常套ではあるが、素人風情の付け焼き刃でも存外バレないのだから馬鹿に出来ないものだ。
軍人として訓練された歩法や所作の特徴はエリザベートから一度手本を見せられた程度で、完全に見様見真似ではあった。それでもこれまでに数人とすれ違ったが、あっさりと誤魔化してやり過ごせた。

「さて研究棟は……、確かこっちか」

ゼクティスは頭に入れた見取り図と経路を思い出しながら、更に施設内を進んだ。
地図を記憶した、と言っても施設内の広さは半端なものではなく、悠長に探索出来る程の余裕は無かった。俯瞰的な情報は実体感とは結び付かないものだ。記憶の道を脳裏に呼び出し、ひたすらなぞる。
無機質な白色で統一された通路を進んで行く。
ひたすら同じ景色が続くので現在位置を見失わないよう横切る扉の数を声に出さず数える。監視カメラが何処から捉えているかも不確かな為、一つ一つ部屋を覗く様な真似も出来ない。
そして、ある扉の前でぴたりと立ち止まった。

「ここか……。さて、どうしたもんか……」

エリザベートの情報が確かならばレヴィアはこの部屋に隔離されている筈だ。
一見ごく普通の研究室の一室であるが、この部屋の鍵は特別製である。階級関係無く特定の人間のIDかその者の認可の処理を施したマスターキーでないと解錠出来ないようになっているらしい。だが流石にエリザベートもそこまで手筈する時間は無かった。
試しに手を掛け、開こうとするもやはり堅く閉ざされている。
とすれば後は強行突破一択なのだが、生憎Requiemは今回目立ってしまう為に置いてきている。蒼洸を使えば破壊も容易いだろうが、あれはRequiemが無ければ制御すら出来ない。
見たところ、この部屋は天井と床のレールに壁とドア部材を嵌め込み部屋として仕切っているだけに過ぎない。鍵こそ厄介だが、幸い頑強な造りではない。
余りに心許ない軟禁場所と思えるが、エリザベート曰く、明日には別の部屋へと移される予定とのことだった。
つまり今を逃せば、レヴィアを解放する難易度は一気に跳ね上がる。
しかし簡易的な作りの部屋とは言え、果たして上手いこと蹴破れるものだろうか。そんなことを考えていた時だった。

「おや、おかしいな……。ボクの記憶している兵配備と一致しないね。君、初めて見る者だが……新兵君かな?」

恐らく此処の職員だろうか、気配など無かった筈の背後から突如として投げられた男の声にぎくりと身体が強張る。
ゼクティスは応える術無く押し黙っていると、此方に向かってゆったりとした足音が刻まれてゆく。距離からして十数m、互いに直ぐ手出し出来る射程では無い。

「安心し給えよ。迷子ならば……ボクが〝然るべき場所〟へ送り届けてあげよう」

底冷えのする声音に肌を刺す様な怖気を催す。相手は確認するまでもなく、おおよそ此方の正体とまではいかずとも、同志で無いことは察しているのだろう。
不味い、この侭では不味い。
舌打ち一つ。振り返ろうとしたタイミングで周囲の照明が一斉に落ち、視界が暗転する。
最早予断は許されなかった。
相手は一人。この場で無力化する事も可能だろうが、万一しくじれば応援を呼ばれてしまう。この状態も恐らく五分と続くまい。早急に片を付けねばならないのだ。悠長に相手にする暇も無い。
一か八かで目測を付け、渾身の力で扉に蹴りを入れてやれば派手な音と共に扉が凹んだであろう確かな手応え。

「おや?やれやれ、この迷子は随分と暴れん坊な様だ。いけないね……お仕置きが必要かな」

呟く声と共に、じゃらりと金物同士が擦れる音を聞いた気がしたが、構っては要られず無視。
もう二、三度連続で蹴りを入れると漸く扉が枠から外れたのか、風の流れが生まれた。心配していた程の強度が無かったのが幸いである。
直ぐ様部屋に押し入ろうとした時、唸る風切りに連れられて〝何か〟が鎖の様に右腕に巻き付き、先へ進む動きを阻む。

(冗談だろ——⁉︎)

刃が付いているのか。外そうにも服と腕にがっちり噛み付いて食い込んでおり、この暗闇の中では外す事は叶わないだろう。

「さぁ捕まえた。気を付けないと、下手に触れば更に食い込んで外れなくなるよ。まぁ待ちたまえ、今そちらへ行ってあげよう」

暗闇の条件下は同じの筈、的確に此方を捉えられるなど常人業ではない。
更に言えば異常事態であるこの状況に在りながらこの落ち着き様。姿は見えないが中々の手練れであると察した。

「クソッ、しゃあねぇか」

ゼクティスは忌々しく舌打ちを漏らすと、服の内側に仕舞っていたサバイバルナイフを取り出す。そのまま躊躇い無く軍服の袖を切り裂くと、袖口を引っ張り腕を引き抜いた。
食い込んだ刃によって深い掻き傷が腕に刻まれたが、痛みを感じない身体なのが幸いだった。
自分の血の付いた衣服を残す等有り得ない事、だがこればかりは仕方が無い。回収をしている暇など無いのだ。
地に捨てた物を見遣ると闇に侵された廊下で金属が点々と、此方へ襲い来た軌道を辿る様に僅かな光を拾って反射している。

(あの先か……?)

暗闇の中、当てずっぽうではあるがゼクティスはお返しとばかりにその軌道をなぞってナイフを投げた。
遅れて微かな呻き声。
これで仕留められたとは思えないが、痛手を負わせる事は出来たらしい。この隙を逃すまいと直ぐ様部屋へ飛び込む。
やはり此処も真っ暗で非常灯すら灯っていない。どんなに目を凝らしても視界が利かなかった。

「クソッ……全然見えやしねぇ……! おいレヴィア、居るんだろ! 隠れてんならさっさと出て来い!」

暗闇に向かってゼクティスは声を投げた。

「……えっ?」

その時生まれた僅かな気配と物音に気付かない訳も無く、その方向へとぶつかる障害物を押し退け更に奥へと歩を進める。
乱暴に扉を蹴破ったせいで驚き、戦いていたのだろう。漸く物陰に埋まるように身を潜めた人の形、そして闇の中でぼんやり輝く金髪頭を認め確信を得ると躊躇い無くその腕を掴んで此方に引っ張り出した。

「わっ……! な、何ですかっ……!」

直ぐ目の前には訳が判らず呆けた様に紫眼を見開くレヴィアの顔。この至近距離で、漸く互いの顔が確認出来た。

「やっと見付けた……ったく、手間掛けさせるんじゃねぇよ……」

「え、あ……もしかしてその声、ゼクト……? どうしてゼクトが此処に居るんですか⁉︎」

「馬鹿、名前を呼ぶな」

ゼクティスは「詳しい話は後だ」と問いには応えず、一瞬後ろを振り返るとまた此方に向き直った。

「兎に角さっさとここを離れる。レヴィア、お前あの光の剣って今作れるか?」

少女の光使いの力を使って作り出す洸晰の剣の事だった。
レヴィアは慌てて頷くと促されるまま、形は不恰好だがゼクティスがいつも使っている大剣と同じくらいの大きさの光の剣を形作る。それを受け取ったゼクティスは試し斬りとばかりに部屋の窓へ。殆ど力任せに叩き付ける様に振るった。
強化硝子さえ割れてくれれば良かったのだが、窓枠は容易く吹き飛ばされ周囲の建材も削り取ってしまうと、通り抜けるに十分な穴が空いた。
人間の腕力程度でも突破できるとは。絶対的な硬度を持った洸晰の剣の前では並みの建材などまるで意味を成さないようだった。
ゼクティスは「よし」と満足そうに一つ頷いた。

「上等だ、ちょっと無茶するからしっかり掴まってろよ」

「え、それどういう——ひゃっ⁉︎ 何して……ま、待って! 待って下さっ……!」
ゼクティスはレヴィアの背と膝裏に腕を回し、あっさりと抱え上げる。静止も虚しく、そのまま破壊した壁に脚を掛け、身を乗り出す。
幸い下はアスファルトで舗装されてはおらず、草地の様だ。建物の二階に相当する高さもお構い無しにそのまま外に飛び出していた。

「──ひっ、ええぇ!」

成すがままに抱えられたレヴィアは思わずゼクティスの首に腕を回してしがみ付き、強く眼を閉じる。
一瞬の浮遊感に続いて直ぐに重力に引かれる感覚が身体を襲う。間もなく伝わってくる着地の衝撃。腕の中のレヴィアが小さく悲鳴をあげた。

「……ぜ、ゼクト……何て無茶を……だっ、大丈夫なんですか⁉︎」

「良いから黙ってろ舌噛むぞ!」

ゼクティスは受身の体勢から身を起こしつつ、レヴィアを一喝すると少女を抱えたまま、脇目もふらずに走った。

 

「ふ——む」

黒軍服の男——ユーリックは、先程侵入者の青年に振るった関節剣を腰の鞘に納めた。特に急ぐ様子も無く、すっかり破壊され穴が空いてしまった壁へ歩み寄ると、縁に手を掛けて外を覗いた。
期待していた訳では無いが、やはり眼を凝らせど何処にもレヴィアも侵入者の姿も残ってはいなかった。
疲れた様に長い溜め息を吐くと、懐から煙管を取り出し火を点けて一服吹かせる。
先程の時間を狙って警備に穴が空く様に兵士の配備変更が行われていたのか。気を抜いていたつもりは無かったが、監視カメラが映し出す映像の違和感に気付くのが少しばかり遅かったのが悔やまれる。

「全く……酷い目に遭ったものだ……。剣を抜いたのも何年振りか、チャンバラなんてボクの専門外だと言うのに」

軍に籍が有り軍服を纏っている以上、帯刀義務に従い常に得物を腰に提げてはいるものの、彼の本分は学者である。戦闘は不得手だ。
煙管を持つ左手首には布が巻かれ、赤い染みが滲んでいる。先程の侵入者に投げられたナイフで裂かれていたのだ。

「……敢えてもがき抗う道を選ばせるとは。運命を記したもう神も、酷な事をしなさる……。その御手に踊らされる我々の身にもなって頂きたいものだ」

調査するまでもなく、おおよそ侵入者の正体や協力者の目星は付いている。目下の問題は、この後始末をどう片付けるか。

「さて、こうなれば早速手を打たなければね。やれやれ、忙しい忙しい」

 

軍基地から外れ。
夜闇に紛れ青年らの背を見送る、背格好の同じ影が二つ並んでいた。

「行っちまったな。……なぁ、本当にあいつら追わなくて良いのか? これで軍部側の職務怠慢だなんだって言われても勘弁だぜ俺は」

「貴様の怠慢は今に始まった事では無かろう。それに、俺達が真に遵守すべきはあの方の御心。従うのはあの方の御言葉。それが俺達の使命だ」

飽くまで落ち着きを払った事務的な口調。「報告に上がるぞ」と片方の男は先に踵を返す。
「ま、その通りだな。了解」と苦笑混じりに頷くと、もう一方も同様に踵を返したのだった。

——————

「取り敢えず、ここまで来れば大丈夫だろ……」

エリザベートとの合流地点である元の聖都の市街区の奥まった裏路地に辿り着く頃には流石にゼクティスも息が上がり切っていた。
追手が居ないことを確認し、ようやくゼクティスはレヴィアを地に下ろす。しかし地に足を着けた所で、レヴィアは舗装タイルから直に足へと伝わる冷たさにびくりと小さく驚声をあげた。
そこまで気を回す余裕が無く気付かなかったが、そこで漸くレヴィアが病人着一枚纏った程度の薄着であった事に気付く。

「……って、お前裸足かよ。しかも何だその格好……病人着か? 服はどうしたんだよ」

「だ、だってこんなことになるなんて思って無かったですから! 何も聞いてませんでしたし!」

レヴィアは呆れ顔のゼクティスに心外だと言わんばかりに抗議する。どうやら時間の都合か、エリザベートはレヴィアの方には詳しい説明などしていなかったらしい。
夜はまだまだ冷え込む初春の三月上旬である。レヴィアは寒さで二、三度くしゃみを漏らすと、震えながら自らの身体を抱いて腕を擦っている。
先程までは青年に抱えられ、振り落とされまいと必死だった為に寒さを感じる余裕も無かったのだが。

「ホラ。もう直ぐエリザが来るだろうから、取り敢えずこれでも着て待ってろ」

ゼクティスはやれやれと溜め息を吐くと、変装で着ていたフェイクの軍服を差し出す。片側の袖が破れてしまってはいるが、無いより余程マシな筈だ。元々が丈の長いデザインな上、少女の身体にはかなり大きなこのサイズである。膝を抱えて座れば身体をすっぽり包むことが出来た。
そして彼自身は、隠してあった大剣や黒の長衣を再び元通り身に付ける。
じきにエリザベートも合流するだろう。合流さえ果たせば、後は宿に向かうなり屋内に入る事が出来る。

頭の中で事態の整理が追い付いていないのか。レヴィアは暫くは寒さで鼻を擦りながらぼんやり黙りこくっていたが、唐突にはっと我に返ってゼクティスに向き直った。

「そっそうです、どうしてゼクトが此処に居るんですか⁉︎ もうとっくにジルバスに帰ったものだとばっかり……」

「あ? あー……まぁな……。俺もまさか巻き込まれるとは思ってなかったんだけどな。
ホント、何でこうなったんだか……」

ゼクティスは少々ばつが悪そうに吃りつつ頬を掻く。この場に至る経緯を思い返してか、深々と盛大な溜め息を吐いた。

「色々あったんだよ。そんであのエリザベートとか言う女軍人に捕まってな。要は……その、成り行きってやつだ」

レヴィアは呆れた様に「答えになってないじゃないですか」と首を傾げた。
そして何かに気付いた様に「あっ」と小さく声を上げる。そして躊躇いながらも恐る恐るゼクティスに尋ねる。

「その……もしかして、私の事……何か聞いてたり……」

「お前の?」とゼクティスは首を捻る。どういう意味かと考えるも、数秒もしない内に一つの考えに思い至った。

「……お前が創られた人間だった、って事か?」

「————!」

レヴィアは正に思っていた通りの事をゼクティスに言い当てられ、びくりと身を縮こませると強く顔を俯かせる。そして聞き逃しそうな程小さな声で「はい」と応えた。
余りにもあっさりと核心を言い当ててしまったか、とゼクティスの頭に遅れてじわりと後悔の念が滲み出す。せめて最初ははぐらかすなりしてレヴィアから告げられるのを待つべきだったか。だがそれも最早今更である。

「人造人間だってのは、お前をコッチに連れて来て軍に引き渡した時に聞いた。軍の実験体だって……な」

「そう、ですか」

ぎこちない返事を返しながらレヴィアは肩に掛けた上着を一層強く掴む。
ゼクティスは自分が光使いなる異能の力を持っている事を受け入れはしたが、そもそも人ですらなかったのだ。言うなれば、『人間擬き』だ。
彼も、エリザベートが無理に巻き込まなければわざわざ危険を冒してまで自分を助けになど来なかっただろう。

「……その、すみません」

「いや……。………」

お互いに黙りこくってしまい、居心地の悪い沈黙が流れる。
レヴィア自身も聖都に来て人造人間である事を知り、衝撃を受けているのだろう。そしてそれは彼女にとっての大きなコンプレックスとなっているのか。少女の出生などゼクティスにとっては然したる問題ではなかったが、軽々しく扱うのは余りに無粋というものだ。
ややあって、徐にゼクティスが口を開く。

「俺がそんな事を気にしてる様に見えるか? まぁ……確かに強引に巻き込まれはしたが、一応俺は俺の意志で動いたつもりだ。勿論〝今〟も」

レヴィアは俯かせていた顔を上げると、ちらりと此方を見遣る。ゼクティスは先程から変わらずレヴィア傍に立っている。
エリザベートが強引に引き込んだとは言え、レヴィアを連れ出す大役を果たしたのだ。少女を置いて早々と姿を眩ませたとて、流石のエリザベートも文句は言うまい。
だが、やはり青年に離れる意思は無いのか、レヴィアと共に大人しくエリザベートとの合流を待っている。
俯かせた顔に、柔さが戻ってゆく。

「……やっぱり、なんだかんだ優しいですよね。ゼクトって」

「馬鹿言え」と反射的に悪態を返すいつもの調子に安心感を覚え、緊張を解かされる。
やがてレヴィアは目を細めて人懐こい笑みを浮かべ、顔を上げた。

「有難うございます。不謹慎ですけど……私、ゼクトが来てくれて嬉しいんです。もう会えないって思ってましたから」

ほんの数日会ってないだけだが相変わらずだ、レヴィアの笑みにつられてかゼクティスもまた苦笑を漏らす。
正に厄日という他無く、散々な一日だったが不思議と満更でもない気分だった。

「そうかよ」

 

間もなくエリザベートとも無事に合流を果たした。
仕度も程々に、軍の手が及ばない翌昼の内に三人は聖都を出たのだった。

——————

「さて……、晴れて私達はお尋ね者となった訳だが……ゼクティス、お前はどうする?」

これまたエリザベートが予め調べていた聖都から外へと抜ける裏道を使い、都市を出た三人は聖都から離れつつこれから先の事について話し合っていた。

「まんまと人を巻き込んでおいて何言ってやがる。顔は見られて無いと思うが、大方直ぐに足がつくだろうからジルバスには戻れねぇし……、お前らに任せる」

「すみませんゼクト、巻き込んじゃって……」

「良い、文句は全部コイツに言う」

ゼクティスの悪態もエリザベートには予想通りと言ったところか、大いに結構だとも。とレヴィアとは対照的にわざとらしく手を叩くと話を戻す。

「実は、軍基地内で光使いの研究記録を見付けた時に他の研究施設の記述を見付けてな。
場所はかなり遠いが、光使いの由来についてもしかしたら何か手懸かりがあるかも知れない。そこに行ってみようと思っている」

どうだ?とエリザベートがレヴィアとゼクティスを順に見遣る。

「私は大丈夫です。そこに行けば、もしかしたら私がどうして創られたのか判るかも知れないんですよね?」

「追っ手を逃れるのも大事だが、私達は光使いと言う存在についてもっと知らねばならないと思っている」

「構わねぇよ。他に当てが無ぇなら行くしか無いだろ。目的も無しに闇雲に逃げ回ってたって仕方ないんだしよ」

決まりだな、とエリザベートは頷く。

「じゃあ当面は他の派生都市を経由しながらアルザラの街を目指す」

「は?」

事も無げに言ってのけるエリザベートに、ゼクティスが直ぐ様横から声を挟む。

「ちょっと待て、アルザラっていやぁ最北の街じゃねぇか! 何週間掛かると──!」

「何を今更。かなり遠いと言ったはずだが、聞こえなかったか?」

「確かに言ってたけどよ……」

思わず項垂れて額を押さえる。これは、かなり長い道程になりそうだ。
ゼクティスは早くも軽い後悔に苛まれていたのだった。