2022.MAY
cast:レヴィア、カルミラ
レヴィアはギルドが管理する戦闘場の物々しい扉を見上げ、暫し立ち尽くしていた。
冒険者ギルドに登録しているとは言え、本格的に戦闘を伴う可能性のある依頼は出来る限り避けていた。自分の性格上戦闘は不得手であったし、参加したとしても精々光の盾で攻撃を防いだり、怪我の手当を請け負ったりと後方支援ばかりだったのだ。
此処に来る事はおろか、戦闘訓練などこの地に来てからまともにやった事など無い。
場違い感が否めず、意味も無く扉の前を歩き回ったりしていたが、中で義兄が待っていると思えば行かざるを得ない。
レヴィアは漸く戦闘場の扉を押し開いた。
「し、失礼しまぁす」
「遅いぞ、迷う道でも無かろう。何をしていた」
少女が戦闘場に現れるや否や、眉間に皺を寄せた義兄の声が飛んで来る。
カルミラは既に支度を整え、借りて来たであろう木人の隣に仁王立ち。如何にも気合い十分と言った様子で義妹を待ち構えていた。
幸い、人は疎らと見てレヴィアは少しだけ安堵する。
この地では自分の様に特異な術を操る存在など珍しくは無い。だが、戦闘弩素人と言って過言ではないレヴィアにとってわざわざ公共の場の一角を占領して訓練を行うというのは気が引けるものだった。
取り敢えず猫耳フードは外して隅に置いておく。
「ええと、それで……訓練って具体的に何をするんですか?私、最近は戦闘向きの練習とか全然してなくて……」
「身構えるな。お前の場合、基礎は俺以上に固められているのだから今からあれこれ覚える必要は無い。お前の持つ技術を戦いに応用する為の訓練──練習と思え。
必要なのは敵を屠る為では無い、立ち向かう為の業だ」
この訓練は光使いの、ヒト型兵器としての側面を顕にする為では無い。気負う必要も、緊張する必要も無いとカルミラなりに言葉を選んだ。
彼は木人の背後に立ったまま、レヴィアに少し間合いを取った位置取りを指示する。
「そこで良い。先ずは攻撃用の構えを」
先ずは様子見か。カルミラは腕を組み、未だ操作の構えを取る様子は無い。
レヴィアは目を閉じ、緊張で強ばった身体を解す様に深呼吸を数回。再び目を開くと、真っ直ぐ前へと手を伸ばした。
腰下まであった少女の長い金髪は光の粒子となって解け、五本の剣を形作る。
剣は整然とした運動で少女の背後へ回ると円陣を描いて等間隔に並び、光輪を負う様に控えた。
カルミラは少女の背後に控える五本の剣を見て眉をひそめる。
「……少なくないか?
然して質量が増す訳でもなし、一本一本にそう物量を割いても意味は無い。十本はいけるだろう」
「うぐ」
その通り。以前は十本同時に剣を操作していた。
義兄は知り得ない筈だが流石と言うべきか。容易く図星を突かれ、小さく唸る。
「い、いちおう、十本にも出来ますけど……洸晰って結構エーテルの干渉を受け易くて混ざりそうになるんです。
エーテルとの混濁で操作がぶれるのを抑えながら剣の操作を各々行って、攻撃と防御のシフト切り替えの演算領域の確保も考えると……最大でも五本かなって」
周囲からの洸晰を借りても完全に支配下に置ける本国とは勝手が違うのだ。親和性はあれど、奔放なエーテルに纏わり付かれながら洸晰を操作するのは演算処理の負荷も要する集中力も累乗的に増してゆく。
「成程な……」
顎に手を添え、カルミラは唸る。
自由度の高さ故のエーテルの御しづらさは、今正にエーテルを頼りに防御術を操るこの身には染みるほど解っていた。
「……だがやはり、五本では十本爪の竜には届かない。
干渉するからと言ってエーテルを振り払う必要は無いのだ。お前にも、いや。お前なら出来る筈だ、俺が正にエーテルを御している様に」
自分のものも未だ完成された技術ではない。
操作量も、完全なる“脳”を持つ義妹には及ばないが、理を隔てた物質同士でも技術によって融合出来ると知っている。
カルミラは両手を持ち上げると、両手首の補助装具を起動させる。
手首の輪に淡く光が灯ると、青年の周囲を回りながら虹彩に煌めく盾が六枚現れた。
「……ちょっと、すみません。あの、何で虹色なんですか?」
自分の洸晰の放つ金の光より派手なエフェクトが掛かった義兄の盾に、口を挟まずに居られなかった。
「……盾の形成精度が足りていないのだ。それで光が拡散してしまっている。
いや、そんな事はどうでも良い。良くは無いが」
とにかく、と一度の咳払いで仕切り直す。
「この盾にお前の剣ほどの強度は無いが、攻撃を阻む事は出来る。俺の防御を突破し、この木人を叩いてみせろ。はなから無理などという泣き言は聞かんぞ。
そしてこれは俺自身の鍛錬も兼ねている。全力で来い」
此方を見据える義兄の片眼にたじろぎかけるが、皆と共に行く為にも退く訳にはいかない。
床に杭を打つ様に膝に力を込め、確と立つ。
右手を僅かに揺らすと、背に控えた五本の剣が薄切りに分かれて倍に増えた。
そして十の切っ先は真っ直ぐに義兄が守る木人へと向けられる。
「──宜しくお願いします」
紫の双眸が細められ、光の剣は一斉に撃ち出された。
静止状態から予備運動無しのトップスピード。剣が雪崩を打って木人へと襲い掛かる。
先ずは正面から一点集中で盾を貫こうと試みるが、盾一枚に貫くに当たって一本では抜けられない。初撃でヒビが入り、二本目の追撃で何とか砕く事が出来た。剣の再形成から操作再開まではどうしてもタイムラグが発生し、その間にカルミラの盾も再形成されてしまう。やはり力押しだけでは最後の、六枚目の盾を抜く事が出来ない。
まるで硝子同士ぶつかり、ミキサーにでも掛けられたかのようなけたたましい音が戦闘場内に響き渡る。
一本目の剣から連鎖的に続く追従運動ならば十本同時に攻撃を仕掛けたとしても負荷は少ないが、突破出来ないのならば意味が無い。
ならばと今度は剣を五本ずつ、二グループに分けて分散的に攻撃を仕掛ける。一つは陽動、一つは主攻撃に。
「温い!そんな単純な動きで此方の盾を潜れると思うな!」
方やカルミラは防御で手一杯どころか、後ろに控えさせていた盾を前に滑り込ませて剣を弾き返して見せた。
「────!」
連携を外された剣はくるくると宙を巻い、形状を解かれた。
操作レスポンスの上ではカルミラのほうが圧倒的に不利の筈。だが彼は、それを補う程の高精度の操作術を以て此方の攻撃を一分の無駄も無く容易にいなしていた。
対して此方はノイズの様に絡んで来るエーテルの干渉を払いながら剣の操作を行うので精一杯。例えるならば流水の中でランニングしている様なもの。
額には既に汗が滲んでいた。
「エーテルの干渉を拒むな、もろとも巻き込んで己の力として利用しろ。盾であっても剣であっても、要領は変わらない筈だ」
「……はい」
レヴィアは袖口でこめかみを伝ってきた汗を拭い、盾に阻まれ砕かれた十の剣を周囲に集める。そして再形成を行い、円陣を展開し直す。
今一度深呼吸で息を整え、以前の操作感だけを頼りに剣を各々ランダムなタイミングで撃ち出した。
一本一本全てが独立した不規則な動きを見せ、同時にレヴィアには運動制御処理による高負荷の疲労が脳にフィードバックされる。
「完全に支配しようと思うな、ある程度流れに任せてしまえ。そうすれば反発は減り、使用者に力をもたらす。
エーテルは攻撃の推進材──或いは接がれた刃にもなる筈だ!」
独立した十本の剣は震え、ふらつき、制御を失いかけてあられない軌道を描いたが、何度も攻撃を繰り出そうとする内に段々と一本一本の太刀筋に冴えが見え始める。
盾によって弾かれてもその度に速度を増し、また新たな運動曲線を描いて木人を狙い、盾の機動を封じてゆく。
多少余裕のあったカルミラの額にも段々と汗が見え始め、エーテルを操作している領域の感覚が研ぎ澄まされてゆく。
いつしか虹色に煌めいていた盾の光は失せ、ごく淡い青色の光を帯びた結晶盾となっていた。
物理的な頑強さを手に入れた盾は幾度剣を受け止めようとも砕かれる事は無くなったが、エーテルの干渉を加護に変え、速度も上回ったレヴィアの剣を抑え込む事は出来なくなっていた。
檻の様に木人の周囲を盾が囲ったが、剣の一本が帯の様にしなり僅かに空いた隙間を縫って入り込む。
そして檻は囲いを破られ、強固に守られていた木人は絡み付く光の帯によって宙へと攫われた。
「…………」
「…………」
お互い息を切らし、宙に持ち上げられた木人を見上げている。ええと、これはつまり。
──兄妹は互いに顔を合わせ、頷き合った。
「勝負あり……いや、勝負じゃなかったですね。
ええと……成功?」
カルミラは無言で結晶盾を消し、やや覚束無い足取りで木人の真下へと歩いて行く。
「……あぁ。双方、目標達成だ」
「やっ……ふあぁ」
声にならなかった歓声は溜め息として吐き出され、レヴィアはその場にへたりと座り込んだ。
完全緊張の糸が切れてしまったか。木人を持ち上げていた洸晰がふっと消え、カルミラ目掛けて頭上から降って来た。
「ちょ、危な──!
……最後まで気を抜くなこの馬鹿者が!!」
咄嗟に姿勢を落として結晶盾で受け止めていなかったら。カルミラの身体から一気に血の気が引く。
盾に弾かれ、派手な音を伴って床に叩き付けられた木人の腕を持ち上げて怒声をあげた。
「だって凄く気を張ってましたからぁ!
アッ、いたい!ひえぇすみませんごめんなさぁい!」
肩を怒らせつかつかと詰め寄って来た義兄にべしりと頭を叩かれ、情けない声をあげながら床を転がって逃げる。
それを追ってまで説教する体力も無く、カルミラは荒い溜息を吐き出して床に胡座をかいて座り込んだ。
「……この短時間で光使い本来の業を取り戻してしまうとは……よくやった」
欲を言えば、自分の様に操作精度が伴えばより尖鋭なる刃となり得るだろうが──それは、『ただの少女』である妹には必要の無いもの。蹂躙する力に立ち向かえればそれで充分だ。
「俺もこれで、過去の怨嗟を断ち切る為に立ち向かえる……。
さぁ、少し休んだら宿に戻るぞ。思ったより打ち合っていた様だ」
「ふぁい」
気の抜け切った返事に僅かな苦笑を口元に浮かべ、カルミラは再び立ち上がる。借りて来た木人を拾い上げて脇に抱えると、返却に向かった。
転がったままの義妹を一瞥し、
「他の奴に踏まれても知らんぞ」
戦闘場を出る頃には、すっかりロイスの山々の向こうに太陽が隠れてしまっていた。
初夏もすぐそこと言うのに、季節感覚を狂わせる風が吹いている。
紺色に染まる街の中、兄が先を行き妹が後に続いて帰路に着く姿が在った事だろう。
