大図書館にて

2020.JUN

cast:レヴィア、エリザベート

「さて、技術書は……この辺りか?」

そう呟くのは濃紺の軍服を纏った金髪の女。落ち着きなく後ろ髪へ指を差し込みながら、整然と並んだ本を順に眺めてタイトルを目で追ってゆく。
適当にめぼしいタイトルの本を一冊選んで抜き出すと、本棚に寄り掛かって足を組み、ぱらぱら頁を捲り始めた。

そこにまた別の、金髪の少女の姿が現れる。
階段を上り、整然と並ぶ本棚の一つ一つを覗いてゆく。棚の中まで確認しないあたり、目当ては本ではない様子。

「見付けた」

やがて本棚に寄り掛かる濃紺のコートの後ろ姿を見付けると歩み寄って肩を叩く。

「エリザ、ここに居たんですか!
未だ調べものに時間がかかるなら何か食べるものでも買って来ようかと思うんですけど」

レヴィアは、この図書館近辺にあるテイクアウト可能なデザートが紹介されているチラシを見せながら幼馴染に話しかけた。

肩を叩かれ首だけ回して振り返ると見慣れた金髪の少女の姿。
幼馴染の申し出ににっこりと眦を下げて笑みを溢すと「ああ」と頷く。

「有難う、そうだな、じゃあお願いするよ」

コートのポケットから財布を取り出すとそのまま渡そうとするが、断固として拒否された。
この娘は頑固なところがあるし、図書館で押し問答は宜しくない。
仕方ない、宿に帰った時にこっそり返しておくかと表面上折れてやる。

苦笑を漏らしながら少女の後姿を見送り、また本へと視線を戻した。

三十分後。

「エリザ、お待たせしました!お店が結構混んでて……。
談話室で休憩しましょう?」

流行りだと聞いていたジェラートを二つ手に、エリザベートの元へと戻ってきた。
トッピングのフルーツはベリー系、アップル系の二種違うものを買って来た様だ。
どうせどちらを選んでも『一口ちょうだい』が出来る。気を遣わなくて良いのが幼馴染の特権だ。

エリザベートは「よし行こうか」と本を閉じると脇に抱え、此方の誘いに応じて共に談話室へと移動した。

「お前これ……単に自分が食べたいやつを二つ買ってきたな?
ははは、しょうがない奴め」

何でも任せる、と言いはしたが。
テーブルに出されたジェラートを見て、成程だしに使われたかと可笑しくなる。
席は余裕があるし、とコートを脱いで隣の背凭れに掛けると、ベリーのジェラートを受け取った。

薄く削りだした木のスプーンでジェラートを口に運ぶとヨーグルトフレーバーの爽やかな酸味と果実の程好い甘味が口に広がる。
鮮やかな見た目も良い。こういうものを選ぶセンスは自分には無いな、と口には出さず。うんうんと頷く。

「えへへ……ジェラートは確かに食べたかったんですけど、どうしても一つに決めきれなくて……」

照れ笑いで頬を掻きながら自分もジェラートの攻略に取り掛かる。
林檎の濃い甘味にヨーグルトの酸味が絶妙に調和する。

「おいしいぃ……」

しみじみと味わっていると、たっぷり一口分のベリーソース掛けジェラートが顔の前に差し出される。特に疑問に思うでもなく受動的にそれを口に迎えた。

「んー!こっちも美味しい!
有難うございます、エリザ」

「小鳥に餌をやってるみたいだよ」

くすりと笑いながらも、やがてお互いにカップの中身を空にした。

「そういえばエリザちょっと本国に帰った間に髪の毛すっきりしちゃいましたねぇ。
昔のエリザみたいです」

軍の士官学校に入る前までは今と同じくらいの長さだった為、数年振りに再会した時は一瞬誰だか判らなかったのを思い出す。

「ちょうどいい区切りだと思って。
軍に復帰するし、初心に帰ると言う意味でな」

何気ない風に、朗らかに言って見せたが半端に言葉尻を切る。
組んだ脚をぶらつかせて崩していた姿勢を正すと、面と向かってレヴィアの眼を見据えた。

「……というのは建前だ。
私が髪を伸ばしていたのはな、願掛けみたいなものだったんだよ。
お前を守れる人間になる、守れる立場になるという誓いに対する、な」

独善の考えだが、それで上等と内では自嘲しながらもそれこそが本懐。
目を細めて柔く微笑んだ。

そんな話は初めて聞いた。レヴィアは面食らった顔で眼を見開いていたが、やがて困った様に笑う。

「エリザは昔からそうでしたよね。いつも私の事ばっかり。
私はもう少し、エリザ自身の事を考えて欲しいんですけど」

例えば、と一つ間を置いて考える素振りをする。

「戦いで無理し過ぎる事とか、あと食べるもの。もう少し気を遣ってください。
家にあった食材とか全部インスタントだったじゃないですか。良くないですよ」

ずい、と幼馴染に顔を寄せ、ちょっと意地悪く眼を細めながら歯を覗かせる。

やはりと言うべきか、此方の弱点をよく理解している。痛い所を突かれたと思わず声を上げて笑う。

「はっはっは!これは参った!
いや、やはりお前には敵わない。敵わないよ。うん、それでこそだ」

一頻り笑った後、そう言えばと思い出した様に話を切り替える。

「数日前か、私と入れ替わりで総監がいらしていたろう。
一度会ったとは聞いているが、何か話したか?」

「あ……ええと、いえ。特には……」

『総監』のワードが出た途端、少女は明らかに緊張で表情を強張らせた。表面上は和解したとはいえ、そう容易く埋められるほどあの男との溝は浅くない。

曖昧に言葉を濁すレヴィアにエリザベートは「そうか」と一言発する。
彼女の身柄の管理は以後完全に此方へ任せ、干渉しないとは言われているものの関係を断つ訳ではない。
何かあればあの男に頼らなければならないのだ。だが――、

「まぁ、良いんじゃないか?無理に歩み寄る必要もないさ。
元々何を考えているかよく解らない方だからな、あの人は。
一応私も後見人としての立場があるもので。何かあったなら訊いておきたかっただけだ」

「それだけだよ」と早々に話題を切り上げた。

レヴィアは敢えて軽い口調でこの話題が打ち切られた事を安心する反面、情けないとも思った。相変わらず周りに助けられ、気遣われてばかりだと。

「あはは……、次はもうちょっと、頑張ってみます」

折角彼女が空気を濁さない様、あっけらかんとした言葉で片を付けたのだ。こちらも合わせて軽い苦笑いで返した。
すべてを言葉にしなければ伝わらないほど浅い間柄でもない。

レヴィアの返答に「よし」と満足げに頷く。
膝を叩いて立ち上がると、背凭れに掛けていた濃紺のコートを掴む。

「さて、私はまた調べものに戻るよ。
先に宿へ戻る時は声を掛けてくれ、鍵を渡す」

レヴィアの申し出に甘えて後片付けは任せる事にした。
エリザベートは少々よれたコートの裾を払い袖を通すと、翻しながら先に談話室を出て行った。

スプーンと空になったカップをまとめ、備え付けのダストボックスの分別指示に従って放り込みながら首を捻る。

「うーん……駄目ですね、私。もうちょっと確りしないとなぁ」

自らの手に余ることは頼りにすべきではあるが、何でもかんでも気を遣われている様ではいつまで経っても子供と同じではないか。
とは言え事実、幼馴染が頼りになり過ぎる。幸せな事だがそれも考え物だな、なんて軽くため息をついた。